HOME メディア 「テクノロジーと編集力で、クリエイターが活躍する場をネット上につくる。」デジタルコンテンツプラットフォーム運営 ピースオブケイク 加藤貞顕さん
2017.11.8

「テクノロジーと編集力で、クリエイターが活躍する場をネット上につくる。」デジタルコンテンツプラットフォーム運営 ピースオブケイク 加藤貞顕さん

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雑誌と書籍の現場で培った編集者マインドでネットを舞台に新しいメディアのあり方を模索しているピースオブケイクの代表取締役CEO、加藤貞顕さん。課金制でクリエイターに売り上げを還元するデジタルコンテンツ配信プラットフォームcakesやクリエイターとユーザーをつなぐウェブサービスnoteなどのアイディアはどのようにして生まれ、メディアの未来をどう変えるのだろうか。

※本記事は2016年3月発売のSynapse に掲載されたものです

ピースオブケイク
加藤貞顕

アスキー、ダイヤモンド社にて編集者として勤務。岩崎夏海・著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』、堀江貴文・著『ゼロ』など数々のベストセラーを手がける。独立して2011年12月に株式会社ピースオブケイクを設立。2012年9月にcakesを、2014年4月にnoteをリリース。

 


いいものをつくることができるのは優れた収益構造があってこそ。

 

― cakesを立ち上げた経緯を教えてください。

「前職を辞めたのが2011年の秋で、数カ月後に会社をつくり、半年くらいかけてcakesをオープンしました。もともとは出版社で編集者をしていて、当初はアスキーでパソコン誌をつくっていました。その後、書籍をつくりたくなってダイヤモンド社に転職。仕事自体は楽しかったのですが、徐々に縮小しつつある市場だったので着実に本が売れなくなっていくわけで……。

編集者の仕事はものをつくることが半分、残りの半分はより多くの人に読んでもらうこと、つまりマーケティングといえます。縮小している市場でものをつくり続けるには、イス取りゲームのように勝ち抜かなければいけない。最後の1席になるまで勝ちを目指す選択もありますが、それよりはイスが増えているところでやりたい。そう考えて、これから市場が拡大するデジタル領域に挑戦することにしました」

 

― 出版社に在籍しながらデジタルを、という選択肢はなかったのでしょうか。

「ダイヤモンド社にいた2010年に、僕が担当した『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の販促の一環として、電子書籍事業を立ち上げました。アスキー時代の経験からデジタル方面に強かったこともあり、現場で主導的にやらせてもらったのですが、その時、思ったことがふたつあります。

ひとつは、出版社は紙の本をつくって売るために最適化された組織だということ。もうひとつが、電子書籍は出版の次なる形にはならないだろうということです。オープンでインタラクティブなところがデジタルの利点ですが、電子書籍はクローズで非インタラクティブなメディア。

課金を目的としているためにそうなっているのですが、そもそもは既存の収益構造をデジタル上で実現しようとしたからなんです。もちろん便利なところもありますが、少なくとも紙の本よりも大きい市場になることは考えにくい。出版業界の外側で、電子書籍ではないデジタルコンテンツの流通の仕組みと、それに合ったコンテンツの両方をつくることが必要であり、誰かがそれをやらないといけないと思って、僕が始めたわけです」

 

― 流通の仕組みというのは、すなわちプラットフォームをつくることですよね。ことの大きさにたじろいだりはしなかったのでしょうか。

「やることははっきりしているので、順番にやればよかったのですが、着手した後でえらいところに手をつけちゃったなという思いはありましたね(笑)」

 

― デジタルのプラットフォームの意義を問うというか、ある種の啓蒙的な意味合いもあったわけですね。

「そうなんです。テレビも出版も似通っているのですが、業界の構造がとてもよくできている。両方の業界の人は、優れた収益構造があったので、いいものをつくることだけに注力できたのですが、デジタルでもそういうものが必要になってくると思っています」

 

― クリエイターの方々を巻き込む際に、どのような考えがあったのでしょう。

「今まで付き合いのあった人も、そうでない人も含め、順番にお願いして回っただけなんですけどね。ただしラインナップについては、結構悩みました。cakesはインタビューとエッセイが多いのですが、それは当初から意識していることで、既存の紙の書籍にはできないことをしたほうがいいと思っています。

インタビューに関しては、最前線にいる面白い人は基本的に忙しくて、自分で書いたりする時間がまずないので、直接話を聞いたほうが早いから。エッセイは個人的な趣味でもあるのですが、最近、雑誌に元気がないので、80~90年代のように新しいエッセイストが生まれにくくなっているんです。だから、ネットにその舞台をつくろうと思って増やしました。あとは僕らがつくるだけではなく、出版社さんなどにコンテンツを出してもらうことも同時に進めていきました」

 

― ビジネスモデルの設計について伺いたいのですが、週単位の課金システムや150円という価格にはどのような意図があったのでしょうか?

「今は月額払いもありますが、当時はユーザーが今ほど課金に慣れていなくて、なるべく単価を下げたかったので週単位で始めました。読みたいと思った日にすぐ登録できて、そこから1週間分を課金するのがシンプルで分かりやすいかなと思ったんです」

 

― レコメンド施策については、どうお考えですか?

「レコメンドは、いまだ模索中です。ネットのレコメンドが役に立つことってそんなに多くないと思いません? 友だちや著名人のツイートのほうが遥かに有益で、現状のレコメンドはその程度のレベルといえます。

そもそもレコメンドがなぜ重要かというと、画面が狭くて一覧性がないから。iPhoneにいたっては、5記事くらいしか一度に見ることができないので、最初の画面に何が出てくるかが非常に大事です。逆を言うと、プラットフォーム側が的確にレコメンドできるとPVもアップするため、僕らもずっと変えたいと思っているんです。

現在は流行りの人工知能を使ったアルゴリズムでやっていますが、ようやくうまくいきそうな気がしています。今までのレコメンドは統計学的に処理しているので、アップされたばかりの誰にも売れていない記事には反応しません。それと例えば『キャプテン翼』をサッカーマンガとして読む人と、BLマンガとして読む人とでは、コンテンツの消費の仕方がまったく違います。

サッカー好きの子どもがAmazonで『キャプテン翼』を検索した時に、推薦欄にBLマンガがいっぱい出てきたら困りますよね。cakesで実験的に動かし始めているAIを用いたレコメンドは、記事を読んだうえで似た文脈のものを勧めることができます。さらに、それを人の好みにも紐付けることができれば、相当精度の高いレコメンドになると思うんです。いらないものをうっかり踏ませるようなかたちで成り立っているネット広告の現状を、解決できる可能性があります」

 

― プラットフォームを運営しているので当然のことではあるのですが、“売る”ことへの意識は相当お持ちですね。

「基本的にメディアの収益源は、企業と視聴者・購読者のふたつしかありません。その点、ネットは企業側からしか収益がなかったうえ、ユーザーにマッチしない広告をなんとなく出して極限まで競争が進んだ結果、単価が異常に安くなってしまっています。ユーザーからの収益としては課金や物販などがあって、課金の部分が最も手薄だったので、僕らはそこから手をつけているのですが、今後は物販だって当然ありうるし、すべてを視野に入れて進めています」

ネットにのみ込まれるのは時間の問題。だからこそ今やるべきこととは。

 

― cakesのほかにnoteというプラットフォームも運営されていますが、そちらの特徴は?

「cakesを始めた時、クリエイターに売り上げを一定の基準で還元する仕組みをつくりました。僕はもともと目線が編集者なので、クリエイターがネット上でどうやって生きていけばいいのかが、最大の課題だと思っています。

そう考えると集合的な場所以外に、個人の場所が絶対に必要で、それぞれにウェブをやったりTwitterをやったり、Amazonや実店舗で本を売ったりしているのですが、核となる場所がない。

だからみんなコンテンツを出したあとが大変で、ホームページを更新したらTwitterとFacebookでお知らせして、本などの作品が発売されたらその告知もしてAmazonに誘導したり……などバラバラなんです。しかも、そうやっていろいろやっているにもかかわらず、ネット上で換金化はあまりできていない。

要するに、お客さんの導線の一本化と収益化のふたつが必要なのです。お客さんの導線の一本化とはコミュニティ化することで、コミュニティ化できるようなコンテンツをネット上でつくって、それに対してビジネスをする。それらをメディアごと、あるいは個人でできるようにするのが、今最も欠けている部分だと思ってnoteを始めました」

 

― スタートして2年になろうとしていますが、手応えと課題をそれぞれお聞かせください。

「ユーザーが増えて、かつ課金にも慣れてきたなかで、面白いクリエイターがどんどん入ってきていて、なかにはひと月で数百万円の収益を上げている人もいます。現状の課題としては、ユーザーインターフェイスの改定があります。

今はTwitterのように情報をどんどん更新して、流れていくようなインターフェイスでつくっているのですが、ここにファンを集め、コミュニティ化してビジネスを展開するにはストック性が必要になるので、そういうインターフェイスにリニューアル中です。また、メディア向けにカスタマイズサービスを提供しようと思っています。

現状だとテレビ番組のホームページは、各局、番組ごとにつくっていますよね。それをnote内につくって、デザインのカスタマイズもできるようにするのです。いろいろな本の著者にインタビューをする『学問ノススメ』というJFN系列のラジオ番組ですでに使ってもらっていて、過去のインタビューを販売したりなどもしています。

ほかにも、ロックバンドのくるりのファンクラブもnoteで開設して、継続課金で運営しています。くるりのページには、無料で誰もが閲覧できるメンバーの日記もあるのですが、ファンクラブ会員限定の記事や、チケットの先行販売などもここで行っています。さらに、クリエイターがたくさん生まれることが僕らの狙いなので、クリエイターのエージェント業を行っているコルクと組んで、マンガの投稿コンテストなども実施しています。

マンガだけでなく映像に関してもそうですが、才能のある人は今、とにかく作品をつくってネット上にアップしますよね。そこからいきなりプロになったりする流れができているので、様々なメディアとも組んで、新しい人が出てくる場を今後もっとつくっていきたいと思っています」

 

― これからメディアが発展していくには、どんな挑戦が必要だと思いますか?

「僕自身のこだわりのメディアをつくろうという意識ではなく、テクノロジーと編集力でクリエイターが活躍できる市場をネットにつくることが、会社の事業目的です。ネット上で収益構造モデルを整えなければ、面白いものをつくり続けることができません。

今後、僕の予測だと出版は3~5年、映像は7~8年でかなりの部分がネットにのみ込まれてしまう。もちろん残る部分もありますが、この流れは誰にも止められません。だったら、そのネット上で面白いものをつくり続けるにはどんな環境にするべきなのか。それが僕のいちばんの関心事ですし、挑戦していることです」

 

 

 

クリエイターがネット上でどう生きていくかが、僕にとっての最大の課題。

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