株式会社ドワンゴ プラットフォーム事業本部
パートナーシップ開発推進部 部長
伴 龍一郎(ばん・りゅういちろう)
2001 年、プログラマーとして入社。ガラケー用のゲームやいろメロミックスを手がる。ニコニコ動画の立ち上げに参画し、アニメ事業部でアニメ制作に関わった後、ニコニコ超会議の企画も。ドワンゴ社内で食のインフラ「女子マネ弁当」の功労者でもある。
※本記事は2015年6月発売のSynapseに掲載されたものです。
クリエイターのつくり方
「クリエイターにあまねくお金が行き渡る仕組みを」
スマホの普及とともにネットで動画を見る機会が増えた。企業の新たなPR手法としても注目されるなか、動画クリエイターの育成が各所で盛り上がっている。でも、テレビにおける育成法とかなり違うはず。では、いかなるビジョンで、どんなクリエイターを、どういうふうに育てているのか。そして、テレビの世界ともいずれ関わることになるのだろうか。「ニコニコ動画」さんに聞いてみた。
クリエイター奨励プログラム
誰でも楽しく動画を投稿できる環境と、奨励金。プラットフォーマーならではのクリエイター支援術とは。
―ニコニコさんは、どのようにクリエイターを育成されているんですか?
「簡単に言うと投稿しやすい環境づくりですね。我々はあくまでもプラットフォーマーなので、ニコニコ生放送をやるためのアプリケーションをつくったり、ジャスラックや各レコード会社と契約を整備して、管理楽曲を演奏やBGMとして動画に使用する許諾を得たりしています。テクニカルなことはユーザー間のやりとりで互いに身に付ければいいというスタンス」
―主体はユーザーで、ニコニコさんはクリエイターを“支援”するということですね?
「ニコニコはもともとユーザー同士が交流しながらどんどんコンテンツを生み出し続けることで盛り上がってきましたからね。運営である我々は変に口出しせずに受け身の姿勢なんですよ」
―動画を投稿してお金がもらえる『クリエイター奨励プログラム』という仕組みを解説していただけますか?
「はい。『クリエイター奨励プログラム』は、クリエイターの創作活動支援や、二次創作文化の推進のために2011年の12月からスタートしました。対象は動画だけじゃなくて、マンガやイラストなどの静画、コモンズ素材、ニコニ立体、ニコニコ生放送なども。申請は簡単で、投稿者が自分で自分の作品に対して登録希望を出すだけです。あとは作品ごとに、毎月『スコア』が付けられ、それに応じた奨励金が投稿者に支払われます」
―登録の際に審査はないんですか?
「クオリティという意味では、ありません。その作品が権利侵害物でないか、あるいは公序良俗に反するものでないかを見極めるための審査はあります。作品にスコアが実際に付与されるまでに3カ月あって、その間に規約違反などがなければ、正式にクリエイター奨励プログラムの対象になります」
―「スコア」というのは、要は再生回数のことですよね?
「いえ、再生回数などをベースに算出される『人気度』です。単純に再生回数にしてしまうといくらでも工作ができますから。『人気度』の計算方法に関しては秘密ですが(笑)、常に少しずつ改良しています。あと、どの作品がその対象になっているかも公表していません」
―奨励プログラムの原資はどこから出るのでしょう?
「ニコ動のプレミアム会員の売り上げと、2014年6月から始まった動画広告の売り上げの一部ですね。ニコニコ全体の売上げが増加傾向にあるので原資も増えていますが、プログラムの参加作品がこのペースを上まわれば、当然奨励金の手取りは下がります。でも、今は結構な金額を奨励プログラムに回せています」
―参加作品数は?
「ニコ動全体での動画投稿数は約1200万作品なんですが、そのうちクリエイター奨励プログロラムに登録されているのは約30万作品です」
―それが生業になっているような人もいるんですか?
「『クリエイター奨励プログロラム』が始まって3年半で、奨励金を1000万円以上受け取ってる人が17人いますね。1閲覧あたりの金額に直すと、0.29円になるので、結構いい値段だと思います」
プログラムを支える2つの軸
独自のアルゴリズムで算出する“人気度”とコンテンツに関わった人すべてが評価される“コンテンツツリー”。
―どんなコンテンツが多いのでしょうか?
「傾向としては約4割がゲーム動画です。ただ、ニコ動全体で見ても半分弱はゲーム関連動画ですので、クリエイター奨励プログラムに限定した人気コンテンツというわけではないですね」
―許諾関係はどうなっているのでしょうか?
「実は、去年の11月に任天堂さんから正式に許諾をいただいたんですよ! 『スーパーマリオ』『スーパーマリオカート』『マリオパーティ』『ゼルダ』など、結構な人気タイトルで。それまでは、ユーザー間でも“ゲーム中継ってやっていいの? 悪いの? ”みたいなグレーな感じでした。そこに、任天堂さんが先陣を切って許諾をくださった」
―「投稿者が堂々とアップできる」という以外に、どんなメリットがあるのですか?
「任天堂さんのゲームってとっつきやすいから動画を見てプレイしたい人も増えるでしょうし、“自分も動画をアップしよう”と思う人も増えると思うんです。任天堂さんのPRになりつつ、ニコニコにも人が集まっていただける。また、実況しているユーザーさんを使ったウェブ広告というような取り組みも生まれてきています」
―人気が出るコンテンツのキモはなんなのでしょうか?
「やはり何かしら参加しやすいものじゃないでしょうか。『踊ってみた』『歌ってみた』といったカテゴリーがあるんですが、“本気で頑張ってるわけではないから下手でも叩かないで”というエクスキューズをすることで参加ハードルが下がっているようです。また、コメントによって交流することでコンテンツの進化に関与できたり、別の投稿者がマッシュアップしたり。様々なユーザーが関与して面白さがずっと続くのが理想」
―完成度の高さが必ずしも大事ではないということですよね。
「でも一方で、プロデビューを実現していることも頻繁にあるんです。だから我々のプラットフォームでは、そういうプロ意識がある人をその先へと繋ぐことができればいいなとも思っているんですよ。奨励金を払っているのにはクリエイターへの生活支援的なニュアンスもあります(笑)。“もうウハウハなんですよ〜”っていうところまでいった人は、プロとして頑張ってくれた方がよくて」
―『人気度』のスコア付与以外で工夫されていることは?
「コンテンツツリーです。音楽系コンテンツで、作曲者Aと歌唱者Bが違うことは普通にあります。この時、歌唱者Bだけが評価されるのは、正当ではないですよね? だから作曲者Aを“親”として登録する。この後、Bの動画を見たCがそれを歌ってアップしたらBを親に設定すると。そうして参考にした作品を順にたどっていける仕組みがコンテンツツリーです。これは曲だけでなく、イラストや動画エンコーダーなどのツールでも同様の評価構造にしてます」
―前に出てくるパフォーマーだけでなく、支えている人たちも評価されるのはすばらしい。
「で、“子”がクリエイター奨励プログラムに登録したら、“親”にも“子ども手当”という名目で奨励金が届くんです。派生作品がつくられやすい作品ほど、多くの奨励金がもらえる可能性があるんですよね」
ニコニコとメディアのこれから
メディアの幅が広がって、コンテンツの選択肢もいっそう多様になる。プラットフォーマーたるニコニコはメディアをどう見るのか。
―コンテンツツリーは、クリエイター奨励プログラムのためにつくられたんですか?
「運用開始時期は同じぐらいですが、これはそもそもナビゲーションのためだったんです」
―ナビゲーションってなんですか?
「例えばあるバンドが気になって、ウィキペディアで調べたら、他にどんな曲をつくっているかとか、メンバーがどんなバンドを掛け持ちしてるかが分かりますよね。ニコ動で動画を見た時にそれと同じものがあればいいなと思ったんです」
―それはテレビにも欲しい機能ですね。「この番組はあの番組からインスパイアされました」とたどれると、面白いですよね。
「そうですね(笑)」
―伴さんは、やはりテレビを見てるとコメントを入れたくなりますか?
「僕はPS3®と『トルネ™』を使っていて、それで『ニコニコ実況』のコメント表示機能が使えるので、コメント出しながら見る時もあります」
―どんな時にコメント表示するんですか?
「ダラッと見る時ですね。コメント表示をすると映像が小さくなるので、かっちりとつくられた作品を集中して見たい場合はコメントなしで。割合でいうと8:2ぐらいでコメントありかな(笑)」
―結構テレビ、ご覧になるんですね。
「テレビは面白いですよ! 僕らもたまに自社で番組をつくる時には完全に参考にしてますから。なによりすごいのは1日24時間の枠をきちんと埋めているということ。弊社と違って、毎日継続して放送しているわけで、それを実践するには効率化したり様々な工夫をされているんだろうなと。もちろん、そのために、ルーティーン化される部分もあるかもしれませんが、やっぱり24時間テレビとかイベント制の強いコンテンツは毎回見ていて楽しいです」
―ネットフリックスとかが上陸してきて、コンテンツを見る場がさらに広がりますが、どう思われます?
「とてもいいことだと思いますよ。そこでしか見られないコンテンツがあるなら、たぶんアクセスしちゃいますね」
―プラットフォームが多様化するなか、伴さんは今後ニコニコをどうしていきたいですか?
「今、“ネットはフリー”という文化がまだ根強いですよね。YouTubeさんでもニコニコでもいろいろなものが見られますし、二次創作や三次創作、マッシュアップで一緒に遊べるのは楽しいし、ネット上で話題になったりもします。そういう流れのなかで“コンテンツにお金を払うのはダサい”という考えがあるのもなんとなく分かります。
でもそれじゃダメだと僕は思います。つくる人たちにきちんとお金が流れていかないと、そもそもコンテンツというものが生まれなくなってしまう。クリエイターにあまねくお金が行き渡る仕組みをつくったうえで一緒に楽しむ。それで著作権者にも利益が還元されるようなサイクルができるといいですよね。
あと、他のメディアは“つくり手”と“受け手”というふうに二元的に分かれたままでずっときているので、それがもう少し融合した世界がつくれるんじゃないかと思っています」