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2023.5.16

てれびのスキマの温故知新~テレビの偉人たちに学ぶ~「棚次隆」篇

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てれびのスキマの温故知新~テレビの偉人たちに学ぶ~ 第42回

てれびのスキマ(戸部田 誠)

「てれびのスキマ」として活躍する“テレビっ子ライター”。1978年生まれ、福岡県出身。一般企業に勤めながら、趣味でテレビ関連の記事を発信するブログを執筆していたところ、水道橋博士の目に止まり、副業としてライター業を始める。以後、ライター業の拡大とともに副業から専業へ。現在は『週刊文春』『週間SPA!』『水道橋博士のメルマ旬報』などで連載中。著書に『タモリ学(2014年/イーストプレス)』『1989年のテレビっ子(2016年/双葉者)』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった(2018年/文春文庫)』『全部やれ。』『売れるには理由がある』等がある。

 


 

ある年の『24時間テレビ』(日本テレビ)。局にはものすごい数の電話が鳴った。激励の電話ではない。抗議の電話だ。

当時、同局で『UNNAN世界征服宣言』という番組を持っていたウッチャンナンチャン。その年の『24時間テレビ』では、「ケチ」というキャラ付けをされていた内村光良が、一般募集した「ウッチャンにお金を借りたい人」数人に100万円を貸し、『24時間テレビ』本番中にどれだけ返ってくるかという通し企画が行われていた。

 

それを待つ深夜、芸能人同士は信じ合っているのかを検証するというテイで、出川哲朗を「人間水車」に張り付けて「お前は、あいつの秘密を知ってるだろ」と聞き、答えないと水車を回すという企画をやったのだ。この深夜コーナーを企画・演出したのは『電波少年シリーズ』(日本テレビ)などを手掛けた土屋敏男。

このときの総合演出・五味一男には事前に内容を伝えず強行した。途中、「土屋、そろそろ止めたらどうだ?ものすごい数の抗議電話来てるぞ」(※1)と“偉い人”がスタジオに入ってきたという。

『24時間テレビ』という日本テレビにとって神聖なチャリティ番組において前代未聞の出来事だ――と言いたいところだが、実はそうではない。

 

『24時間テレビ』の初期の1981年、「タモリの素晴らしき今夜は最低の仲間達」と題した深夜コーナーが日本青年館から生中継された。

チャリティ番組にもかかわらず、タモリと赤塚不二夫がロウソクを垂らし合うSMショーや、タモリと赤塚が猫背になり、お尻に座布団を入れ小さいレスラーに扮し、180cm以上あった景山民夫がレフリーをするミゼット(小人)プロレスのパロディなどを披露し、苦情が殺到したのだ。

このコーナーを演出したのが『金曜10時!うわさのチャンネル!!』(以下、『うわさのチャンネル』)や『今夜は最高!』(いずれも日本テレビ)でタモリと一緒に番組を作ってきた棚次隆だった。

棚次は、『24時間テレビ』発案者で当時総合演出を務めていた都築忠彦に「この2時間は棚次、おまえ頼むよ」と言われ深夜コーナーを担当。

 

「任されてる以上は、なんでもやりますから、それ、文句言わないでくださいねって都築さんに言っておいて。で、(中継切ったら)電源落としますからね、その場で電源落としますからねって(笑)」(※2)と、内容を確認されても、「いや、そのうち決めますから」と答え続けて、最後まで秘密のまま本番に入り、途中で妨害が入らないようにホールの鍵を全部かけて強行した(※1)。

土屋はその逸話を知っていたから、その“伝統”を継承したのだ。

翌日、棚次は制作局長に呼び出され、みんなの前で“お説教”を食らった。しかし、局長は最後に小声で囁いた。

「棚次、ああいう番組、ゴールデンでできるようになったらいいな」(※3)

 

棚次隆とタモリは「お棚」「タモリ」と呼び合う仲。

棚次は、「ボクのいちばん好きなタモリをTVをとおして全国の人にお見せしたかった」(※3)と、この『24時間テレビ』「タモリの素晴らしき今夜は最低の仲間達」の演出意図を語っている。

 

棚次隆は、NHKからも彼の演出方法が見たいと見学に来る人がいるほどで、「歌を撮らしたら棚次隆は日本一」と評された男だ(※4)。豊富な技術的な知識を武器に様々な新しい撮影法を開発していった。

そうして音楽班の中で頭角をあらわし、白井荘也らの元で音楽バラエティなどを作っていくようになった。

そんな中で出会ったのがタモリだった。

たまたま東京12チャンネル(現・テレビ東京)の『空飛ぶモンティ・パイソン』に出演していたタモリを見て面白いと思った棚次は、自身が演出を務めていた『うわさのチャンネル』のコーナーレギュラーに抜擢した。タモリの知名度を一躍引き上げた番組だ。

 

音楽や笑いの趣味はもちろん、秋葉原に通う電器好きなところも一緒で意気投合し急速に仲良くなった。

2人はよく“いたずら”をしていたという。

たとえば、一緒に電車に乗ると、タモリがデタラメな外国語で棚次に話しかけ、周りの乗客の反応を楽しんだりした(※3)。

『うわさのチャンネル』に続き『金曜娯楽館』(日本テレビ)でもタモリを起用し、放送コードぎりぎりのネタを披露させた。

そして、タモリの才能をもっとも引き出した番組だったといっても過言ではない『今夜は最高!』を生み出したのだ。

 

「パートナー」と呼ばれる女性ゲストは原則的に2週続けて出演、それに加えて「ゲスト」と呼ばれる男性ゲストが週替りで登場し、タモリを含めトークをする。そしてゲストとレギュラー陣が「スケッチ」(コント)を演じ、ゲストとタモリが曲を披露する、というトーク・コント・音楽が融合した総合バラエティ。

時にタモリが『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)の司会に抜擢され「お昼の顔」として国民的タレントになっていく頃。お昼の時間帯に合わせマイルドな芸風になっていく中で、この番組では、数少ないタモリの“本気”が見られる場として“大人”な視聴者たちの支持を受けた。

棚次とタモリは世の中に“いたずら”を仕掛けていたに違いない。

「タモリにとって『今夜は最高!』は、自分自身が心から楽しめる番組だったんじゃないですかね」(※3)と棚次は振り返る。

 

『今夜は最高!』の最終回収録のあと、いつものように棚次はタモリの車に乗せてもらい帰宅した。

「じゃあね、お棚。また」

タモリは棚次に声をかけると、わざわざ車を降りて、深々と頭を下げながら言った。

「長い間、ありがとうございました」(※3)

 

(参考文献)
(※1)マイナビニュース「テレビ屋の声」『電波少年』土屋敏男氏「ずっと裏切ることをやり続けてきた」 日テレ退社も“欽ちゃんイズム”で精力的に活動へ(2022年12月11日)
(※2)note「みんなのテレビの記憶」【ハプニングを演出するという発明!】日本のテレビで最も有名な生放送番組のひとつ「金曜10時!うわさのチャンネル!!」の和田アキ子をテレビスターにした裏側!(2023年1月9日)
(※3)いとう せいこう他24名・著『タモリ読本』(洋泉社MOOK)
(※4)note「みんなのテレビの記憶」「電波少年」を守った男は「歌モノを撮らせたら日本一」のディレクターだった!後にマイケルジャクソンを唸らせた演出テクニックはどうやって生み出されたのか?!(2022年12月20日)

 

<了>

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