Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.3「聖地ビジネスの課題と可能性」

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Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.3「聖地ビジネスの課題と可能性」

Vol.1Vol.2に続き、Synapse編集部が取材した内容を元にお伝えする「日本アニメの現状」。今回は、アニメの楽しみ方の一つ、「聖地巡礼」にフォーカスします。その言葉は「2016 ユーキャン新語・流行語大賞トップ10」に選ばれ、翌年2017年からは「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」が毎年発表されています。全国各地のアニメやマンガの舞台となった場所を「聖地」として国内外から作品のファンが訪れる行為は、新しいトレンドとしてアニメ業界・アニメファンのみならず、一般の方々にも注目されているのです。アニメ業界と観光業界のコラボレーションとして期待の高まる「アニメ聖地巡礼」。果たしてどういった効果があるのでしょうか。


アニメ作品の舞台となった地を訪れることを「聖地巡礼」、舞台やモデルとなった実在の場所や建物などを「聖地」と称するアニメファンの楽しみ方が、2016年の映画『君の名は。』で一般ユーザーにも認知されるようになりました。


「聖地」に関しての楽しみ方については、大きく分けて3つのタイプに分類できます。

① 作中に描かれたヒントを元に「聖地」を自ら探し出して現地を訪れる「聖地特定+聖地巡礼」タイプ
② ネットやアプリで他の人が見つけた「聖地」の情報を元に現地を訪れる「聖地巡礼」タイプ
③ 「聖地」の情報を知って楽しむ、もしくはGoogle マップのストリートビューや聖地巡礼者が撮影した写真を見て楽しむ「聖地情報鑑賞」タイプ

①と②については、実際に「聖地」に足を運ぶことから、それを観光と結びつける、いわゆる「聖地ビジネス」というものが、ここ数年話題に上ることが少なくありません。

しかし、この「聖地ビジネス」の多くが「地方創生」というキーワードで語られることが多く、そのために様々な誤解を生んでしまっています。

「地方創生」の本来の意味は、地方の過疎化対策・活性化政策ですが、「聖地ビジネス」で語られることの多い「地方創生」は、往々にして観光客誘致や地元PRによって、地元の企業や商店が潤う経済効果という意味合いで用いられます。

「聖地」を訪れるために人が移動をすれば、当然そこには交通・飲食・宿泊という経済効果が発生することが考えられます。ただし、これは必ずしも地元に落ちる経済効果とは限りません。

聖地巡礼者の行動は、「聖地」を訪れ、作品に思いを馳せて世界観に浸ったり、写真を撮影するというものであって、それで目的は達成されてしまうので、余程お金や時間に余裕があるのでなければ、周辺の観光地を散策したり、作品とは無関係な土産物を買ったりしないからです。

そもそも「聖地」の場所が、公園であったり橋であったりと、土産物のあるような観光地ではない場合も多く、現地の商店にお金を落とすような機会すらないことも十分に考えられます。

ところが、これまで「聖地」を語る関係者や論者の多くは、『君の名は。』の岐阜県飛騨市や『らき☆すた』の埼玉県久喜市鷲宮町、『ガールズ&パンツァー』の茨城県大洗町などの成功例を掲げては、「地方創生」を主眼に語ることが多く、その影響もあってか、地方自治体の中には、「聖地」を「ゆるキャラ」や「B級グルメ」と同じように「地方創生」の手段の一つと捉えている方々も多い状況にあるため、自分たちの地が「聖地」として描かれたのに思ったような経済効果が得られない場合、「聖地ビジネス」は"失敗"と判断されがちです。

しかし、本当に"失敗"なのでしょうか。

『君の名は。』程の飛び抜けた大ヒット作品である場合は別にしても、そもそも「聖地」になったら自然発生的に地方に経済効果が生まれるというのは幻想に過ぎません。

上記に挙げた成功例の多くは、"聖地になった"ことと"経済効果を生んだ"という二点のみが流布しており、その間の因果関係の仕組みが抜けて伝わってしまっているのです。

実は、「聖地」で大きな経済効果を得た("成功"した)地域には、それを仕掛けた人がいたということは、あまり知られていません。

『らき☆すた』の鷲宮町では、現地にアニメファンがやって来ることを知った商工会の方々が「せっかく来てくれたのに何もなかったら申し訳ない」という気持ちから、自ら版権会社に許諾を取ってアニメグッズや作品の神輿を作ったり、商店がコスプレの着替え場所を提供したり、作品のイベントを実施したりと、ファンを歓迎して楽しませる努力や工夫を重ねました。

『ガールズ&パンツァー』の大洗町では、ネットのインタビュー記事や各種講演などで語られているように、ソニー・ミュージックソリューションズの安彦剛志氏などが中心となり、地方自治体や地元の商店などに作品やそのファンのことを説き、作品のグッズを作ったり、作品にも登場する地元の祭りでイベントを行ったり、地元の方々を巻き込んでファンを呼び込む活動を行いました。

その結果、毎年多くのファンが地元に足を運び、大きな経済効果をアニメがもたらす現在の状況を生み出したのであって、行動をせずにただ待っているだけであれば、そこには"成功"も"失敗"もなく、何も生まれはしないのです。

上記のように、「地方創生」を主眼にした「聖地」の宣伝には、誤解を生んでいる問題点の他に、アニメファンの方を向いていないという問題点もあります。

「聖地」で「地方創生」という論旨には、往々にして、アニメファンが何を求めているのか、どうしたらアニメファンが喜ぶかという視点が欠けていることが見受けられるのです。

多くの場合、論者がアニメファンではない版権会社や地方自治体、エコノミストだったりするケースが多いためかもしれませんが、アニメファンに向けて「聖地巡礼」の楽しさや「聖地」を訪れる旅行自体の味わい方などを宣伝する声は、業界関係者へ向けて「地方創生」を勧める声に比べて驚くほど少ないというのが実情です。

では、「聖地巡礼」の旅を宣伝する声が少ないのは、なぜなのでしょうか。

理由の一つには、ライセンスの問題があります。

旅行会社や旅行誌、あるいは地方自治体が「聖地巡礼」をテーマにしてユーザーに旅行を勧めたい場合、そこには作品のキービジュアルや、作品で描かれた「聖地」のシーンの画像を現地の写真と比較して紹介する必要がありますが、版権会社に許諾が必要ですし、使用料も支払わねばなりません。

1つの作品であれば、版権会社も1社で済みますが、それが何作品もとなると、複数の会社と取引を行わねばならず、取引先ごとに条件が異なる場合もあり、作業や費用の負担も大きくなることが想像できます。

その上、上記の業界ではアニメ業界との接点がないところも多く、事情や勝手がわからないことから、ハードルが高いと感じる方も多いのではないでしょうか。

その他の理由の一つとしては、アニメ作品の多くが、舞台設定を公開していないということもあげられます。

アニメ作品の中には、『君の名は。』のように舞台設定を公表している場合や、『ゾンビランドサガ』のように企画段階から作品の舞台となる佐賀県に協力を持ちかけて制作されたものもありますが、多くの場合は非公表です。

非公開の理由は、単純に作品の本筋に関係がないから敢えてアピールしないというものだったり、現実の場所をモデルにしたリアルな背景を描きたいけれども、地域を限定して見てほしくないという作品の演出上の理由であったり、無用なトラブルを避けようという危機管理のためだったりと様々です。

映画の撮影の場合は、スタッフや役者を連れて現地で撮影をするため、地方自治体やフィルム・コミッションを通し、現地で交通規制をしたり施設を使用する許諾や協力が不可欠ですが、アニメ制作においては、実在の場所をマンガで描いたり、小説で書いたりするのと同様に、必ずしも現地へ赴かなくとも、写真資料などを参考にして描くこともできますし、たとえ現地を取材したとしても、1~2人という少人数で資料となる写真を撮影する程度で済むので、必ずしも地方自治体やフィルム・コミッションの協力を必要としません。また、マンガや小説などでも同様ですが、そもそも作中に実在の場所を描くことは著作権や肖像権などの侵害に当たらないので、法的にも許諾は必要ないのです。

しかし、作品内容によっては、事件や犯罪を描く場合もありますし、アブノーマルなテーマやギャグなどを取り扱う場合もあります。それを舞台となった地方や建物の所有者が不愉快に感じたり、クレームが出る可能性もゼロではないこともあり、リスク回避のテクニックとして、舞台地を描きながらも、地名を微妙に変えてみたり、看板の文字を描き変えたりと、証拠となるものを消して描くという「お作法」がアニメ業界では一般的に使用されてきました。

また、アニメ制作会社は慢性的に時間もお金も人も不足しているので、許可などの作業をしたくてもできないという実情もあります。

制作側にしてみれば、たとえどのようなチャネルであっても、作品が取り上げられることは宣伝になるので望ましいところのはずですが、こと「聖地」に関しては、上記のように、多くの作品において、「聖地」関連で申請された画像使用の許諾はしても、自らが積極的に「聖地」を宣伝することは難しいという事情を抱えているのです。

したがって、聖地を公表してないような作品の場合、制作会社から積極的に提供されるものではないので、旅行業者や旅行誌、地方自治体が旅行者のために「聖地」マップを作成しようとなったら、作品によっては自ら聖地を捜し当てなくてはならない場合もあり、その時点で企画は断念せざるを得ないでしょう。

このように、どんな作品でも「聖地」として活用できるわけではないのです。

また、そもそも作品に人を呼び込む程の魅力や人気がなくては、たとえ許諾を得て「聖地」を紹介できたとしても、観光客を増やすことは難しいので、すべての条件が揃うような作品を見出すだけでも難しいことがわかります。

以上のことから、単発の作品を対象にするのではなく、様々な作品を対象にして恒久的な「聖地ビジネス」に取り組むためには、

① アニメの基礎知識を有し、アニメファンの求めるものや行動原理を理解していること
② アニメの人気を知るアンテナを持ち、いち早く人気の兆候を捉えることができること
③ 聖地の場所情報を有していること、あるいは聖地を探すノウハウを持っていること
④ 版権会社と「聖地」を活用したい地方自治体や企業の間で、調整や交渉、契約関係を取りまとめる能力を持っていること

といった条件が必要になりますが、現状これを全て有している企業は存在しないように思われます。

アニメ業界にとって新たな収益を生む可能性を秘めた「聖地ビジネス」ですが、「聖地巡礼」文化が定着しつつあり、需要やそのポテンシャルの高さを見せながらも、課題が多いことも事実です。

「聖地ビジネス」を成功させるパイオニア企業や、強力に「聖地」の楽しさを広めてくれるインフルエンサーの出現を待っているばかりでは、せっかく芽を出したチャンスをみすみす枯らせてしまうことにも成りかねません。

まずは、「聖地」がどこにあるのか、探さなくても行けるように案内できる場所情報などを誰でも見られる形で広く公開し、「聖地」を訪れる旅行の楽しさを伝えたり、ファン同士の間で写真や感想などを共有できるようなコミュニティ・プラットフォームなどができたりすれば、「聖地」というアニメの新しい楽しみ方が、日本固有の文化として大きく成長する可能性は大いにあると思われます。

<了>

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