HOME テレビ 進化を続ける韓国エンタメと人気の理由 日本との違いはどこに?~ライター 西森 路代さん~
2020.10.14

進化を続ける韓国エンタメと人気の理由 日本との違いはどこに?~ライター 西森 路代さん~

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社会課題を反映するエンタメ

 

─韓国では元々『パラサイト』のように社会問題をテーマにした映画が多かったのですか?

ポン・ジュノやパク・チャヌク、イ・チャンドンなど、一部の作家性のある監督たちは以前からテーマ性のある作品を撮っていましたが、それ以外の新人監督なども、社会的なテーマを盛り込むということが明らかに増えたのはこの5年の間ではないかと思います。セウォル号の事件をきっかけに、パク・クネ政権への不信が高まった2014年くらいから、膿を出し切るような勢いで社会問題をテーマとした作品が増えてきました。それが次第に成熟して今に至り、『パラサイト』を生んだといえるんじゃないかと。

韓国でも最初から政治的な作品がたくさんあったわけではなく、実際の冤罪事件をもとにした『弁護人』(2013年)や、労働問題を描いた『明日へ』(2014年)とか、財閥批判を描いた『ベテラン』(2015年)など、少しづつ社会問題を描くものが増えていき、それが『タクシー運転手』(2017年)や『1987、ある闘いの真実』(2017年)などにたどり着いたんだと思います。
日本でも世の中に政治に対しての関心が高まり始めた頃に『新聞記者』(2019年)が生まれたので、後が続けば日本映画も同様に発展していく可能性があるのではないかと思っています。

 

─BTSをはじめK-popアーティストが政治的なメッセージを発信するなど、韓国エンタメ界では社会課題が扱われることが多いですよね。

そうですね。アイドルやアーティストがメッセージを発信するし、そのファン達も何かジェンダー的におかしなことがあればどんどん声を発しているのを見てきました。今でこそ日本でもデモをよく見かけるようになりましたが、かつてはあまり一般的には見かけなかったですよね。だから、韓国映画で見かけるデモの情景がリアルと地続きとは知りませんでした。

たとえばポン・ジュノ監督の映画『グエムル』にデモの光景が出てきたときも、映画的な表現だと思っていたら、あれは韓国の実情とリンクしているんだと聞いて、当時はまだ韓国の文化について知らないことがたくさんあったので、「そういうものなのか」と驚いたのを覚えています。

そういう土壌がずっとあったのと、昨今のパク・クネ政権への不信や、フェミニズムが浸透してきたこととか、いろいろなことが混ざって、社会的なメッセージがアイドルからも発せられるようになったのではないでしょうか。

 

─日本ではなかなか広がりませんね。

ただ、韓国でもアイドルがメッセージをはっきりと発するようになったのも、そこまで昔からというわけではないと思います。日本のファンも、ツイッターなどを見ていると、徐々に、疑問を持ったことに対しては、好き嫌いを超えて、意見を発するようになってきました。

確かに日本はテレビに出ているのは、「保守的な若者の論客」ばかりで、そうではない若い論客がテレビに出ていることは少ないですよね。ラジオはそんなことはない気がしますが。テレビで少しだけ希望を感じるのは、お笑い芸人のEXITがテレビで保守論客に対応するような意見をさらっと言ってたりすることとかですかね。芸人の変化は今、いい意味で気になりますね。

 

─女性芸人のなかには、フェミニズムを体現するような人も増えています。

最近の女性芸人って渡辺直美さんみたいに、ファッションにしても先を行く感じでお洒落な人が多いですね。今の女性芸人の方たちは、自然に海外文化に触れている人も多いですし。そういう中でフェミニズムにも触れたり、ネタの作り方も変わってきた感じはありますね。

近年はバービーさんが、コラムを書いたりして、その中にフェミニズムに関する内容もあったりしますが、最近はヒコロヒーさんという女性芸人さんが、男女コンビでやはりフェミニズムをテーマにしたネタを作っていて興味を持っています。それ以外でも、女性芸人さんで、ネタにストイックな人もたくさん出てきたなと思います。これまでいなかったわけではないけれど、そういう人の勢いを感じるようになりました。

 

経済至上主義への反発

 

─フェミニズムを扱った韓国発の書籍『82年生まれ、キム・ジヨン』が、日本でも大ヒットしました。

『キム・ジヨン』が発表される前から、フェミニズムに対する関心は世界中で高まっていて、先んじてアメリカでフェミニズム本がたくさん出版されていました。アメリカで話題となったものは確実に韓国と日本にも波及するので、日本でも2017年あたりから、『バッド・フェミニスト』や『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』が翻訳されたり、日本の著者でも『女の子は本当にピンクが好きなのか』が2016年に発売されていたりと、徐々にフェミニズムは盛り上がっていました。また小説でも、『彼女は頭が悪いから』(2018年7月)なども出版されていました。

ただ、こうしたアメリカ、日本での動きに加えて、韓国からも『82年生まれ、キム・ジヨン』が2018年12月に日本で出版されたのは、すごくタイミングとしても注目されやすかったと思います。BTSのRMが読んだというのも、話題でしたしね。もともとK-POPや韓国映画のファンは、ジェンダーについて考えている人も多かったので、ツイッターでも続々と話題となりました。

ちょっと独特だなと思うのは、日本では『82年生まれ、キム・ジヨン』よりも『私は私のままで生きることにした』のほうが売れているんです。『私は私のままで生きることにした』は、フェミニズムについて書かれているのではなく、自己肯定感を高め、そっと背中を押すような内容なんですね。韓国では『キム・ジヨン』が130万部、『私は私のままで』は80万部売れたと言われています。でも日本では『キム・ジヨン』が15万部、『私は私のままで』は40万部と逆転しているんです。
もちろん、『キム・ジヨン』は海外、韓国のフェミズム小説としてここまで売れたということで快挙と言えるんですが、先ほど、韓国ドラマも韓国で人気のものと日本で人気のものは違うという話をしましたが、ここでも独自のヒットが生まれているなと思いました。

 

─書籍『あやうく一生懸命生きるところだった』では、韓国の男性目線で新しい価値観が描かれていました。

この本は、「がんばらないで生きる」という、もう日本では考えとしては新しいわけではないこと書かれていて、だからこそたくさん共感されたのだと思いますが、競争が当たり前の韓国ではこういう考え方は非常に珍しかったんだと思います。しかも、韓国の男性がこういうことを言い出すのは相当な勇気が要ることだったと思います。

この本のテーマは、後になって考えると「経済至上主義への反発」だと感じました。韓国では、成長を否定するということは、あまり見られなかったんです。

映画『パラサイト』のラストの、お金持ちにならなければ父親を助け出すことができない絶望感を考えても、結局は「経済至上主義で競争をあきらめなければ、無理かもしれないけれど、父親を助けられるかもしれない。でも、家族は経済至上主義に苦しめられてきたし、もうあきらめたいんだけど、それはできないという苦しさ」が描かれていたように思います。「がんばってきたけど何だった?」という気持ちと、「ここで止めたら父親を助けられない」の狭間で、混乱している感じが韓国に限らず、今の状況なのだなと思いました。

 

─競争から降りることは、韓国社会では難しいこと?

『82年生まれ、キム・ジヨン』でも、『パラサイト』でも、一家はIMF危機で仕事をなくし、新しい仕事を始めていますよね。競争を降りたあと、どう生きるかという選択肢が見えないのに降りることはやはり難しいと思います。それでも近年は、新しい目線が出てきています。

書籍『あやうく一生懸命生きるところだった』もそうですが、『パラサイト』と同じ2019年に公開された『はちどり』という映画では、成長を急ぐことに対して疑問を呈していると感じました。今までの韓国映画やドラマにありがちだった、単純に「努力して未来を切り開く話」ではなかったんです。

登場する先生や生徒たちには、授業にしても、生活にしても、ときおりサボタージュしている印象がありました。それって「一生懸命じゃなかったら生きられない」という状況をちょっと離れたところから見ている感じなんですね。この映画には、聖水(ソンス)大橋崩落事故という1994年に実際にあった事故が出てくるんですが、この翌年にも韓国では三豊百貨店というデパートが崩落する事故もあったんです。橋やデパートが崩落してしまうということの背景には、成長を急ぎすぎたことがあるのではないかと思われるので、そういう出来事もまた、「一生懸命に生きたけれど、それで何が得られたんだろう」という疑問にもつながっていたように思います。

 

─韓国のアイドルやドラマの登場人物にも多様性が出てきました。

確かに、『梨泰院クラス』では、人種やジェンダーにしても、さまざまな人が登場していましたが、多様な人が登場しているということで、すなわち「多様である」と評価する時代はもう過ぎていて、もう少し実際にまだ横たわっている問題に踏み込んでもいいのかなとは思いました。
『愛の不時着』はジェンダーギャップのない物語とは言われていますが、個人的には「あらまほしき世界」が描かれているんだなと思いました。

もちろん、二作とも、次が観たくなる中毒性の高い作品だし、もちろん、男女の在り方などはアップデートされているとは思いますし、『愛の不時着』に関しても、南北問題をラブストーリーにするという発想からしてすごいことだと思います。だから、日本で人気になったのも納得です。この二作は、わりと韓流ブームの頃の良きところと、現代的な価値観をミックスして作られている作品だなとも思いました。

 

日本のドラマは、対抗できるか?

 

─韓国ドラマと日本のドラマの違いは?

今の韓国ドラマ界には「わかりにくい世界を描きたい」という欲望があるように感じます。それは、「わかりやすい世界を描く」ということは、韓国では、十分にやりつくして、行くとこまでいったんだと思います。

例えば、『冬のソナタ』を見たとき、一話の終わりには、次が見たくなる仕掛けがあって、一度見始めたら気づいたら朝を迎えていた、みたいなことが言われていましたよね。そういうドラマを2000年代半ばに見て、日本の作り手たちも、「我々はこういうあからさまな仕掛けをあえて避けてきたけれど、これはこれで必要なのではないだろうか」と思い直したということはあったと思います。
その仕掛けというものの中には、不治の病になったり、事故が起こったり、出生の秘密が明らかになったりというものがあったわけです。でも、作り手も受け手も、「成長」を信じている限りは、それだけではダメだなと思うときは来ます。

最近は、『賢い医師生活』や『椿の花咲くころ』を見てみても、一話の終わりに、衝撃的な出来事が起こるわけではない。なかなか本題に入らないなと思う感じもあるんです。こういうドラマを見ていると、『愛の不時着』や『梨泰院クラス』は、わりと従来のセオリーで作られているからこそ分かりやすく中毒性のある作品で、それって韓国ドラマでは今の主流ではなくなりつつあるのかなと思いました。

 

─今の日本のドラマはどう変わっているのでしょうか?

一方の日本では、「わかりやすさ」も捨ててはいけないなということに韓流ブームで気づき、今は、良い作品は「わかりやすさ」と「深さ」を同時に成立させることを意識しているように感じています。

9月に終わった『MIU404』なども非常に上手に計算されて作られていると思いました。野木さんは、社会問題を自然に盛り込むのがうまい人だし、それが「おとぎ話」的でもない。例えば、今の日本には外国人労働者、技能実習生や留学生がたくさんいて。でも彼らの労働環境は酷く、学びたいと思ってきていても、ままならなかったりもします。そういう姿は、土曜や日曜深夜などのテレビドキュメンタリーでは知ることができるんだけれど、知らない人にとっては知らない話ですよね。でも、そういう話を一話の中に盛り込み、問題点をわからせるまできっちり描きこんでいるんですね。

最近までは、日本のドラマはいかに原作をとってくるかが重要なんて言われていたんですが、最近は、野木亜紀子さん、安達奈緒子さん、宮藤官九郎さん、坂元裕二さんなど、たくさんの作家がオリジナル作品を作っていますし、作品のなかに社会問題やフェミニズムも盛り込まれている。原作ものであっても、テーマを平たくしないように作ることに成功しています。だから今は、日本のドラマがかなり面白いと思っています。

 

─にも関わらず、ごく一部のドラマを除くと、日本のドラマ全体に勢いを感じられない要因とは?

『MIU404』などを考えると、正当に盛り上がったと思います。でも、最近は、韓国のドラマや映画を見ても日本のものは見ないという人も多いですね。それは、日本のテレビの悪い部分ばかりがフィーチャーされて(もちろんそういう面があるからなんですけど)、「見なくていい」というイメージが一人歩きしている印象です。日本のテレビが「わかりやすさ至上主義」で作られていた部分も、確かにありましたしね。

でも私個人としては、韓国映画を見るのと同じくらいの気持ちで今の日本のドラマを面白いと感じるし、表面的な面白さじゃないものを求めている人ほど日本のドラマを見たほうが面白いだろうに!と思っています。

日本のテレビ全体のイメージとしては「わかりやすい」ということを押し出しすぎていることで、「わかりにくい」面白さを好む人を取り逃しているような気がします。というのも、NetflixやAmazonプライムで『アンナチュラル』など日本の過去作が配信されると、海外作品が好きな人や、テレビはあまり見ないという人にもちゃんと日本にも面白いテレビドラマがあるんだということが届いて、話題になるんですよ。コンテンツの質以前に、作家性や内容を求めている人たちが、テレビというプラットフォーム自体を信頼していない感じがするし、そう思われてしまうのはテレビの責任でもあると思いますね。

 

─“作り方”に関してはいかがですか?

実は『愛の不時着』も『梨泰院クラス』も、Netflixがテレビ局(ケーブル局)と一緒に作ったオリジナル作品なのですが、韓国ではケーブル局の影響力がかなり大きく、ドラマの視聴率も20%くらいにのぼっています。韓国におけるNetflixやAmazonプライムのオリジナル作品は、日本よりも圧倒的に規模が大きく、俳優も脚本家も一流ですし、制作費も潤沢。最近は、テレビドラマにはなかなか出ない映画スターがドラマに出たり、映画監督がドラマの演出をするということにもなっています。それは、やはりNetflixの力のなせる業だと思います。

日本では、現時点では、NetflixやAmazonプライムがテレビ局と一緒にオリジナル作品を作っても、“深夜枠”であったり、規模がそこまで大きくないことは多いですよね。テレビ局は、最近のドラマにおいては、挑戦的な企画や、作家性のある人をどんどん見つけて起用しているので、そういう勢いがNetflixのような配信ドラマにも波及するといいなと思います。
例えば、深田晃司監督がメ~テレで『本気のしるし』というドラマを放送して、それを編集して映画としてカンヌに出品したり。それと、黒沢清監督の『スパイの妻』もNHKで放送された作品が、ベネツィア映画祭で銀獅子賞を受賞するに至りました。NHKは、国際協力ドラマを毎年作っていて、それが海外の映画祭で評価されることが多いんです。

 

─“見られ方”に関しては?

韓国では国内の人がリアルタイムでテレビ放送を見る一方で、終わったタイミングですぐに、海外向けの字幕までついて配信されます。DVDだと半年~1年先になってしまいますが、ネット×テレビのオリジナル作品はその国内で放送が“終わった瞬間”から配信が始まり、3ヶ月くらいしかタイムラグがないことが多いので、海外のファンにとってもうれしいことですよね。

最近、『HiGH&LOW』シリーズが、Netflixで各国の字幕付きで配信されるようになりました。積極的に世界に向けてプラットフォームを使うということが話題となるということは、これからもっとこういうことを意識していけば、世界に知られる可能性がまだまだあると思います。

 

 

テレビの「面白い」を伝える

 

─日本のドラマやエンタメについての期待や提言をお願いします。

ギャラクシー賞を4年審査してきましたが、特に日本のドラマには確実に面白いものが存在していると感じます。視聴率云々ではなく、1クールに1作以上は、心から感動したりテーマが面白かったりするものがあって、打率もいいんですよ。でもそれを見て面白いと思うはずの人たちが「見ていない」という現状があります。「テレビ=面白くない」という偏見がなくなって、面白いものがちゃんと面白いと思う人に届くようになるといいですよね。

 

─どうすれば偏見がなくなるのでしょうか?

テレビには本当に面白いものがあるので、それさえ伝われば解決するような気がします。だから、なるべくちゃんと伝わるように、コラムや批評を書いていこうと思ってはいます。

ツイッターでコラムを読んだ感想として、「そんな面白いものがあるんだったら見ればよかった」と言ってもらえるのはすごくうれしいんですが、そういわれたときに、すぐに全話見られる環境があればいいなと思いますね。

 

─テレビが過小評価される部分はありそうですね。例えば、コンテンツを届けるために、民放各局が力を入れている配信サービスについてはいかがですか?

TVerで見逃したドラマを見られると言っても、放送された一週間に限定されているので、1話しかさかのぼれないことは多いですよね。途中から見た人にも、これまで放送された全話さかのぼれたほうがいいと思います。放送が終わったら一旦消してもいいけど、少なくとも放送途中は1話から全部さかのぼれるようにすると、相当違うんじゃないでしょうか。『MIU404』なんかは、最終回の放送が終わったらすぐに、ディレクターズカット版が全話TVerで放送されるということで、それは非常にいい取り組みだなと思いました。

 

─西森さんがこれから取り組んでいきたいことをお聞かせください。

作る側が「いいものを作っているはずなのにウケないな…」と思って萎んでしまったり、志半ばで止めてしまったりせずに、面白いと思うものを作り続けて欲しいなと私は思うので、誰かが「面白いんだよ!」ということが口コミになるように、その中の一人として私も発信していきたいです。やっぱり、ギャラクシー賞の委員をしてみて、視聴率だけではない評価の軸があるということは、すごく重要だなと実感したので。

個人的には、本を2011年以降出していなかったのですが、今年から来年のうちに、なにかしら出るんじゃないかと思います。今、準備しているのですが、編集さんにも言っていいといわれたので出るはずです(笑)。

 

─ありがとうございました。

<了>


西森 路代(にしもり みちよ)さん

1972年、愛媛県生まれのライター。大学卒業後は地元テレビ局に勤め、30歳で上京。東京ではBS局や編集プロダクション勤務などを経てフリーランスに。香港、台湾、韓国、日本のエンターテインメントや、女性の消費活動について執筆している。数々のドラマ評などを執筆していた実績から、2016年から4年間、ギャラクシー賞の委員を務めた。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)など。

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