HOME テレビ 【徳永 有美のメディア先読み】善と悪だけではジャッジできない。曖昧といえる部分もあきらめずに伝えたい~フォトジャーナリスト・安田菜津紀さん
2020.3.12

【徳永 有美のメディア先読み】善と悪だけではジャッジできない。曖昧といえる部分もあきらめずに伝えたい~フォトジャーナリスト・安田菜津紀さん

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「奇跡の一本松」から学んだ表現への教訓

 安田さんのお話、本当に面白いですね(笑)。サンデーモーニングの印象と、いい意味でギャップがあります。

 

安田 それよく言われます(笑)。
逆に私も徳永さんからお話を伺いたかったことがあります。生放送で一度放った言葉は、帰ってこないじゃないですか。そういった中で、徳永さんが言葉選びで気をつけていることや心がけていることはありますか?

 

 自分の思い描いているものや、番組や番組が伝えたい内容を集約する作業を、番組が始まる直前まで続け、準備を諦めないようにしています。一方で、VTRやニュースが流れた時の感じた直感や本能も大事にしたいという思いもあり、毎回がせめぎ合いですね。

誤解やズレが生まれないように最大限努力はしているのですが、それでも誰かを傷つけてしまうこともゼロではない…。まだまだ悩みまくりの毎日ですが、ある時から言い切ることの怖さも感じています。

ですから、言い切ってしまうのではなく正直に悩んでいることも伝えていいのではないかと。今は余白、余地を残しながら発信していくのもありなのかなと思っています。

 

安田 そのお考えはあって然るべきだと思います。例えばヘイトや差別などに対しては、スタンスをはっきりしなければならないことってあると思います。でもニュースに対する意見など、すべて言い切ってしまうと、ボールの強い投げ合いになってしまいますよね。強いボールを投げられたら、受け止めきれなくなってしまうので、サジェスチョンを投げかけるというスタンスはあるべきだと思います。
「私たちはこういう映像を作りましたが、みなさんはどう思いますか?」という風にやさしくキャッチボールしてみるとか。

 

 安田さんは、発信したことが思わぬ形で受け取られて、悩んでしまったご経験はありますか?

 

安田 震災後に、陸前高田にある奇跡の一本松が大きく取り上げられていましたよね。夫の両親は当時陸前高田に住んでいたので、震災後にあの松を見に行ったんです。松を目の前にして、シンプルに「これはすごいものだ」と感じましたし、力や希望を与えるはずだと思って、夢中でシャッターを切りました。新聞にはその写真を“希望の松”というというタイトルとともに掲載をしていただきました。

義理の母は津波によって行方不明になってしまったので、その記事は一番傷ついているだろう義理の父に、いの一番に見せに行きました。すると、義理の父は険しい表情でこう言いました。
「この一本松は希望に見えるかもかもしれない。だけど毎日7万本の松と暮らしてきた自分たちにしてみれば、この1本しか残らなかった、と思えてしまう。これは津波の威力を象徴するもの以外の何物でもない。見ていて辛くなるし、できれば今は見たくなかった」と。

その言葉を聞いてはっとしました。現場を見たからといってそれが真実だと言い切れるわけではないし、誤解がなくなるわけではない…。見る人によって色々な見方がある。本当に伝えるって難しいですね。

 

 どんなことでも、ひと括りにできませんよね…。流されてしまった7万本に思いを寄せる義理のお父様のような人もいれば、一本松の写真を見て希望をもらった人もいるはずですし…。

 

安田 「被災者の人にとっての希望です」とか、「被災者にとって悲劇の象徴です」というように、大きい主語でくくる怖さというのをその時思い知りました。
だけど、ジャーナリストの仕事をする上で軸足を選ばなくてはならないとしたら、いまだに希望を見出せず、自分の声を伝えられない人に寄り添っていたいです。義理の父の言葉から得た学びは、そこなのかもしれないですね。

 

 

分かりやすさだけを追い求めない、そんな伝え方、考え方をしていきたい

 世の中の色々な物事が分かりにくく細かくなってきている中、分かりやすさを求める人が多い気がするんです。でも分かりやすい方に流れる前に、人によって考えや感じ方は千差万別ということに向き合わないといけないと思います。

 

安田 物事を言い切ることって、一歩間違えると何かを断罪することになってしまいますよね。さきほど徳永さんがおっしゃっていた分かりやすさの話でいうと、善悪をつけたがる傾向が強くなっている気もします。何が善で何が悪だ、という提示しかできなくなってしまうと、「自分が善で、あいつらは悪だ」という言い方になってしまいますよね。

中東で悪魔扱いをされているのはIS(イスラム国)だと思うのですが、以前ISの関係者から話を聞く機会がありました。その中でも、特に戦闘員の妻から聞いた話がすごく印象に残っています。

 

 ISの戦闘員の奥様…。その方たちはどういう経緯で戦闘員との結婚に至ったのでしょうか?とても興味深いです。

 

安田 2人の女性から話を聞くことができたのですが、彼女たちはそれぞれインドネシアとベルギーから10代でシリアに渡ってきました。

インドネシアの場合、貧しい人たちがISに吸収されていると語られがちなのですが、彼女の家庭は貧困層ではありませんでした。女子大生だった彼女がどうしてイスラムに傾倒したのか、きっかけを聞いたら「失恋したから」と。「今までは宗教なんて興味なかったけど、失恋してどうしようもないときに、救いになったのがイスラム教だったの」と言うのです。

「ISの戦闘員の妻になったことを後悔してる?」と聞いたら「YESでありNOでもある」と答えてくれました。「ISは思っていたような集団ではなかったけど、インドネシアに残っていたらきっと両親が私の人生をコントロールして自分の人生は終わってしまったはず」と言われました。

 

 失恋からISに繋がるなんて、私たちには思いもよらないですね。

 

安田 もう1人、ベルギーから来ていた女の子は母子家庭で、家族関係がうまく行っていなかった時たまたま近所にイスラム系移民のご家族が引っ越してきて、すごく家族仲良くなったそうです。そのご家族と交流しているうちに、彼女自身もイスラム教徒になった。

ただ「それだけだと心の隙間が埋められなくてFacebookで知り合ったアルジェリア系の男性と結婚した」と。だけど、その男性が過激な思想の持ち主で、彼女をシリアに連れて行ってしまったそうです。

彼女たちのきっかけを聞いて、自分自身だっていわゆる悪魔と呼ばれるような加害者側になっていた可能性も十分ありえると思いました。「あいつらは悪魔だ」という言葉で切り離して思考停止するのではなく、世の中で起こっていることの原因や、どうしたら変えていけるのか、ということへの追求をやめてはいけないな、というのが教訓として残りました。

 

 本当にその通りで、私たちの仕事って、一つ一つの物事に対して善悪、黒白ではない曖昧な部分をあきらめないで伝えていくという使命がありますよね。

 

安田 はい。揺れ動くことを忘れてはいけないですね。

 

 限られた時間の中で、恐怖や覚悟を抱きながら話すことが私にもありました。それが良かったのか、悪かったのか今もわかりません。常に葛藤との戦いですね。伝えるって生半可な仕事ではないなと思います。

 

安田 デリケートな事件が発生した時、緊急ニュースで専門家の記事や見解が出る前にコメントをしないといけない場面もありますよね。そんな時、徳永さんはどのようなスタンスで臨んでいますか?

 

 そういう時に心がけるのは、人として生まれてきて、人として何が大事で何を大事にしていきたいか、というところですね。

弱い立場の人や子どもと向き合う時のような、根本的な気持ちに、人間的な気持ちに素朴に立ち返ることが大事だと思っています。人を傷つけることもあるかもしれないけれど、それでも寛容さとか人への思いやりとか最後の希望を失わずにいたい。地に足をつけて、人として大事なことを伝えていれば大きな誤りはないかな、と思います。

 

安田 お話を伺っていて思い出したのですけど、2015年の2月1日、後藤健二さんが殺害されたとされる映像が、日曜の朝に流れましたよね。

私はその日、サンデーモーニングに出演していて、楽屋では「どう言葉を紡いだらいいのか」、「でもこういう日に言葉を発する機会があったのだからきちんと全うしよう」といった話を他の出演者さんとしていました。自分自身がその日に何を話したのかちゃんと思い出せないのですが、たまたまその日は是枝監督が初めて出演されていたんです。

 

 すごい巡り合わせですね。

 

安田 はい。是枝監督の話を私はクリアに覚えています。「今回は残酷な手段に映像が使われてしまいました。でも映像は本来、人と人をつなげる手段だと僕は思っている」とおっしゃっていました。

もう一言印象的だったのは、「政治家たちが、あの事件は人がすることとは思えないっていう言葉が飛び交ったけれど、本当にそれでいいの?」という問題提起です。ISは自分と異質なものだと切り離すのではなく、なぜこの事件が起きてしまったのか、なぜ防げなかったのかちゃんと考え続けていこうという話をされていて、私も原点に立ち帰った思いでした。

 

 是枝監督のお言葉は、希望につながりますね。自分の中の大事なものを明確にして、覚悟している方の言葉は重いです。

 

 

次の世代に繋いでいく

 安田さんは、これからどんなことをしたいとか、こんな風になりたいといったビジョンをお持ちですか? 安田さんにはどんなことでも実現できる実行力や心の優しさ、器、知識が備わっていると思うので、どうしても最後に聞いておきたくて。

 

安田 30歳を過ぎたので、自分の仕事だけをするのではなく、次の世代を育てるほうにシフトしていかなければと思います。去年の10月に、Dialogue for PeopleがNPOになって、サポーターの方に寄付を頂きながら活動しています。NPOでは様々な社会課題を「伝える」ことに取り組んでいるのですが、その活動を通じて、次世代が育つための道筋を示していこうと考えています。何も示さず、若い子に根性論を吹きかけるのは無責任なことなので。

 

 Dialogue for Peopleのホームページ、拝見しました。自分たちがどうやって取材対象を決めるのかとか、取材費はどうやって出しているのかなどが詳しく書かれていて、すごく面白かったです。

 

安田 例えば色々な人に支えてもらう方法もあるし、大きなメディアとして進む方法もある。具体的な選択肢や、身の立て方を示す必要があると思います。

 

 誰でも見られるというのは、若い世代の人たちも門戸を叩きやすいですよね。

 

安田 フリーで身を立てるためには具体的なノウハウが必要だと思うので、具体的に提示していかないといけないですよね。
徳永さんは、今後テレビのキャスターの仕事を通じてやりたいことはありますか?

 

 いろいろな人生があるということを伝えられたら嬉しいなと思います。ニュースを通して多様な視点を。例えばジェンダーのことだけでなく、国、民族、文化、個人、大きな花、小さな花…様々な事を受容し、出来る限りを伝えられる自分や番組でいたい。受容し、何らかの可能性や道を伝えられる存在になりたいです。

 

安田 発信したことが、思わぬところで誰かの人生を変えることってあると思います。以前、難民関係のシンポジウムで講演した際、参加した高校生が話しかけてきてくれたんです。話を聞いたら、彼女が難民問題に興味を持ったきっかけはまさにテレビでした。たまたま見ていたテレビに難民の女の子が出ていて、その子の「私の将来の夢はお腹いっぱい食べることです」という言葉に衝撃を受け、シンポジウムに参加しているということでした。

彼女は今後、別の職につくかもしれないし、もしかすると難民支援関係の道に進むかわかりませんが、テレビは思いがけないところで人の人生に影響を与えているのだなあと感じました。

 

 そうなんです。だからこそ後悔しないように考え続けないといけないし、簡単な言葉に逃げてはいけないと思います。今日は、表現や伝えることについて、安田さんと深いお話ができて本当に楽しかったです。今後も精力的に活動される姿に期待していますね。

 

安田 そうですね、頑張って体力をつけていきたいと思います。ありがとうございました。

 

<了>

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