「何がおきるかわからない」を追い求める
黒木
北風さんが20代・30代の若手に対して「優れているな」と思うのは、具体的にどんなところですか?
北風
とにかく理解が早くて賢い。会社に長くいるつもりがない人も多いせいか、短い間にできるだけ多くのことを学びたいという意欲がありますよね。あとは、優しくて寛大。自分が若いときなんかより、よっぽど適応力があると思います。いまの時代において、当然のように必要とされているデータ分析能力を発揮できるところも強い。そのようないいところがたくさんある半面、失敗に弱いところはあるかもしれません。
黒木
僕も、失敗に弱いし、あきらめが早いというのは感じています。だから「無駄なことやダメなことをたくさんやってもいいんだよ」っていうメッセージを全身から発信するように(笑)心がけています。彼らが感じる「効率が悪い」考えに、どれくらい付き合ってもらえるか。たとえば、あるタレントさんを番組にキャスティングしたいときに、企画書をメールで送ってマネージャーさんと電話してダメだったらもうそれであきらめる、というのではなくて、そこから作戦をたて始める、ということなんです。
北風
それをやってもダメかもしれないという結果まで想像して、やる前に「無駄だ」と判断しまうんでしょうね。
黒木
ええ。うちのヒットメーカーで、木月という優秀なディレクターがいます。その木月から「サブカルチャーの番組が減っているからやりたい」という相談があって、久保ミツロウ先生を是非キャスティングしようという話になりました。久保先生はテレビには出ないと言っていたけど、久保先生のオールナイトニッポンに木月がケーキを持って毎週通った結果、キャスティングが実現したんです。それが『久保みねヒャダこじらせナイト』の始まりです。
そういうことがあるから、失敗してもいいから、バカなことでもやってみることも必要なんだなって。そういうストーリーって、チームで共有できる昔話みたいな財産になるんですよ。だから、無駄かもと思う球をたくさん投げれば時には当たることもあるので、まぁ本当に当たらないムダな球ばかりたくさん投げてきた気もしますが(笑)。一生懸命伝えていかなきゃなって思っています。
北風
若い世代は、頭がいいだけに結果を先読みして、「これは無駄かもしれない」「やめておこう」という発想に行ってしまいがち。でも、会社を7~8年で辞めると決めているあたりも、何が起きるかわからないという偶然のおもしろさみたいなものを、最初から捨てているのではと感じます。だから若いメンバーには、「一見つまらなそうに見えるけど、やったら実はおもしろい」といった仕事をわざとアサインしたりしています。
満足や幸せは効率化できない
北風
口コミで“人の判断”に関する情報が入りやすくなったことによって、「自分が試してみよう」よりも「誰かに話を聞いてみよう」という雰囲気になっていると感じませんか?たとえば映画の感想をSNSにあげるにしても、誰かの感想を見てから書く人が多いそうで。自信がないというか、「みんなが言っていることをチェックしてから、自分もそれと似たようなことを言っておこう」というような。
黒木
自分で試すのが効率悪く思えるのか、あるいは既に集められるかぎりの情報を元に判断するのがあたりまえだと思っているのかも……。以前もそうだったとは思いますが、その傾向はとっても強くなってきていますね。
北風
先が見えなくて怖いけど冒険してみるとか、やってみたら何かおもしろいことがあるかもしれないって、テレビ番組ならではの魅力ですよね。黒木さんが手がけてこられた番組にもあったような「相手が何を言うかわからない」というおもしろさをふだんから楽しんでいけると、いい企画が生まれるんでしょうね。
いま社内でがんサバイバーのためのカフェ(LAVENDER CAFE)を開催しているのですが、皆さんに企画を募ったら、吉本新喜劇に行きたいとか、はとバスツアーに乗ってみたいといった案が出ました。「行った先で何があるかわからない。おもしろくないかもしれないけど、おもしろいかもしれないから、ひとまず行ってみよう」といったノリで参加できたらいいですよね。
今のテレビ番組に関しても、最初からサッカー好きはサッカー、ドラマ好きはドラマ、バラエティ好きはバラエティを観てくださいと決まっているチケット制のように感じてしまうんですけど、本来のテレビって、「全然関係ない人が来ちゃってもめちゃくちゃおもしろかった」というようなことが起こせる可能性を秘めていると思うんですよ。
黒木
そうですよね。幸せとか満足は個々人のものだから、ホントは効率化できないですよね。計測化もしにくい。
レギュラーのバラエティー番組がおもしろくなってゆくには、もちろん企画やゲストが良いことも大事なんですが、ちょっと地味めかなぁと思っていた放送回が反応が良かったっていうことが不思議とあるんです。そういう回を後から振り返ると、出演者が一生懸命になっている様が出ていたり、制作陣の効率を重視しない遠回りが逆に功を奏していたりします。“汗の量”が伝わっていたというか。ゲストと企画とパッケージだけでは番組は作れないんだなと最近感じます。共感してもらうためには、やはり汗や思いの量が必要かと。あー、また昭和のバラエティー観出しちゃいました(笑)。
北風
制作陣が裏でかいた汗の量は、画面を通じてわかるものなんですか?
黒木
チームのかいた汗の量は確実に出ます。そして、それが演者さんの表情とか立ち振る舞いにすごく自然と出ている番組は信用してもらえるのだと思う。われわれは生き物だから、やっぱりイキイキしている魅力的な生き物が見たいのだと思います。もちろん、カラダの汗だけでなく、アタマの汗、ココロの汗も含めて。
“マイナスの反転”や“違い”を面白がる
黒木
北風さんは、クライアントさんの商品を作るときに、生活者としての実感と商品がヒットするというところを、どう結びつけてゆかれるのですか?そこになにかロジックのようなものがあるのですか?
北風
“売れない理由”を真っ先に考えますね。売れないというか、ダメな理由、うまくいかない理由を、ものすごく暗いところから考えてみます。うまくいってないから弊社に仕事が来るわけですが、n=1(1人のサンプル)を考える前に、自分が冷徹な目で見てみると、うまくいかない理由が山のように見つかります。それを全部出し尽くすのが、最初にやることですね。「これでもか」というくらい悪いことを考えます。
私は人と人の関係でも、うまくいかないときには絶対に逃げないようにしています。「私はこの人のどこが嫌いでイライラしているんだろう」とずっと考えて、また会いに行ったりして。ネガティブな負のところに、実はすごくチャンスがあるんですよね。そこが変わるだけで、相手が喜んだり、私も楽しくなったり、いろんな転換が起きるじゃないですか。だからモノに関しても、売れない理由とか見向きもしてもらえない理由とか、あえてマイナスのところを見るようにしていますね。何が悪いかを徹底的に考えて、それを改善するやり方です。
黒木
僕らテレビ制作者でいうと、演者さんたちと付き合うときと同じかも。マイナスに思うことが反転したときはうれしいですよね。ダメなところが多い方がポテンシャルが高いこともあります。チームワークのことでいうと、ダメでドジなADさんほど実は大きく化ける可能性が高い。実際、“シュアな人たち”ばかりを揃えても、つまんないんです。中卒のADと東大のADが並んで会議にいても、同じ議題でもまったく違うことを思っているのでおもしろいんですよ。そこに化学反応もあるし。もともと日本語が苦手なんて奴もいるんですが(笑)。そういうADがいないとさみしい。仕事が出来ないとか、ダメだとかでそういうメンバーを外してしまうと、結果的にはチーム全体のパフォーマンスが落ちちゃうんですよね。
北風
同質性って危ういですよね。「似てきたな」と思うと、すごく危機感を感じます。ちょっとしっくり来ない人がいるとか、誰か一人怒っている人がいるチームとかのほうが健全だと思っているので。「違う=間違っている」と思う風潮があるけど、「違っている」と「間違っている」は別モノです。違っていていいし、違う部分を何かしらのおもしろみに変えたい。全部が自分の思ったようにいくと、逆に気持ち悪いですしね。そもそも自分が不完全なので、誰かに止めて欲しいというか、「違う」「おかしい」って言ってくれ!と思います。
黒木
日々ピンチを乗り越える作業を一緒にしていくなかで、仲間感やチーム感が生まれますよね。仲がいいとか気が合うとかよりは、戦友としての信頼関係があるかどうかが大事。バックグラウンドが違ってても、お互いにそういう感覚さえ持てればうれしいですよね。テレビだけでなく、きっといい職場ってそうなんだと思います。
互いがつながり、次なる構想へ
北風
番組をお金で買っているNetflixのようなメディアがあるなかで、番組づくりを含めて、今後どのようにテレビを盛り立てていきたいと思いますか?
黒木
世界を動かしているこの「スーパーグローバル資本主義」のシステムは当分変えられないし、資金力の大きいところが強いこともおそらくは変わらない。ずっと先の未来はわからないですけど。「費用対効果」という考え方が物事の最大の判断基準になってきているから、お金の力や同一性みたいな“安心感”に走ってしまう傾向が、思っている以上に相当強くなってきている気がします。これはバブル期以降の東京に30年住んでる実感として。
それを踏まえて考えると、逆にもう「チームワーク」とか「汗の量」とか「自分たちの物語」みたいなもので、細々と対抗していくしかないかなと思う部分もあります。世の中で圧倒的な「お金や効率の価値観」とはちょっと違うところの楽しみや喜びが少しでも出せたら、みんなにも共感して喜んでもらえるかなって。ウェブをはじめ色んな新しいメディアの方々とお話しするとみんな「マネタイズ」っておっしゃるけど、文化祭委員としては(笑)、マネタイズばかり言われてもあまりときめかない。このへんプロデューサーの発言としてはとても不適切ですが(笑)。「ちょっとそれとは違う自由もカッコよさもありますよ」みたいな余白が、テレビには存在しますし、それは絶対大事にしなきゃと思うんです。これはフジテレビのたくさんの先輩たちから教えられてきた多くのことの中で、唯一重要なことでして(笑)。テレビには何よりも自由とユーモアが一番大事なんだ、という価値観です。
だから北風さんが仰っていた「怖がらずに思い切ってバカなことでも言う」みたいなことが、より大事になってくるのかなと。たとえ世の中全体がAIの方向に行ったとしても、『ブレードランナー』のハリソン・フォードみたいな動き方をする後輩を、または中国SF『三体』の教授たちのような後輩を、どれだけ作れるか。それがいまの僕の使命だと思っています。
北風さんは何か次の構想などありますか?これまで取り組まれてきた、がんサバイバーのための企画とか、お父さんやお母さんの目線に立った企画とか、他にはないことだと思うのでとても面白いと思います。
北風
共働きが7~8割になってきているので、生活の知恵や時短術などをまとめてサイトにしているのですが、その知恵を結集した何かをやりたいですね。ディテールが大事です。私は「月に一度デパ地下惣菜だけをお弁当に詰めてラクをしましょう」というのを推奨しているんですが、たいていの人は彩りを気にしてプチトマトを加えようとしてしまいます。でも、そうしちゃうと、洗う、ヘタを取る、水気を取って入れるというプチではない手間がかかってしまうんです。月に一度ラクをする日にしたはずなのに、このプチトマト1個で台無しになるから「絶対にプチトマトは入れるな!」というディテールまで決め込んでいます(笑)。そういう細かい部分までの知恵が溜まってきているので、それらを一度まとめてみようかなと、仲間と一緒に考えているところです。
黒木
プチトマト! つい入れたくなりますよね!
北風
大人って子どもができると圧倒的に時間がなくなって、それでもママはネットワークがあるのでいろんな情報を入手できるのですが、イクメンのお父さんたちは情報入手も難しく、そういう声を発信する機会や余裕もありません。私は、子育て中のお父さんお母さんにビジネスの第一線で活躍してもらうためにも、できるだけ日中に簡潔に物事を決められるようにしたいと考えています。あとは、心や体の病気や、何らかの事情でうまくいかなかった経験がある人も、痛みがわかるがゆえの知恵や工夫、企画力があるので、積極的に仲間に入ってもらうようにしています。
黒木
世の中では「1回失敗したらもうダメだ」と判断されると思い込んじゃうことも多いけど、そんなことないですよね。北風さんのやってらっしゃるそういう会社としての姿勢を、世の中にもっと発信できるといいですよね。そういう企画も含めて、今後一緒に取り組めていけたらうれしいです。本日はありがとうございました。
北風
ぜひお願いします!本日はありがとうございました。
<了>
黒木 彰一(くろき しょういち)
フジテレビプロデューサー。1969年生まれ、京都府出身。1989年に上京し、1994年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、フジテレビに入社。第二制作部(現、第二制作室。バラエティ番組制作)に配属。『夢がMORI MORI』でADデビュー。1998年深夜音楽番組『FACTORY』でディレクターに。2000年『BACK–UP!』で初演出。『SMAP×SMAP』、『笑っていいとも!』のディレクターを経て、両番組のプロデューサーに就任。『27時間テレビ 笑っていいとも!』『SMAP×27時間テレビ 武器はテレビ』など数々の番組でチーフプロデューサーを務める。2017年に配信音楽番組『PARK』、2018年に『アオハルTV』を立ち上げる。現在、第二制作室ゼネラルプロデューサー。民放連五輪プロジェクトチーム委員として『一緒にやろう2020』も展開中。
2019年10月現在の担当番組:『キスマイ超BUSAIKU⁉︎』、元旦特番『さんタク』『久保みねヒャダ こじらせライブ』、特番『天国が地獄』、特番『スモール3』など。
北風 祐子(きたかぜ ゆうこ)
電通 第1統合ソリューション局 チーフ・ソリューション・ディレクター。1970年生まれ、新宿育ち。1992年東京大学文学部社会心理学科卒業後、電通に入社。戦略プランナーとして新商品・サービス・店舗開発からコンテンツ開発、ブランディング、広告・販促キャンペーン企画まで一貫して携わる。2008年に「ママラボ」を創設、2012年~2015年にはキッズステーション番組審議委員・審議委員長を務めた。ママ・子ども関連でのコンサルティング実績は20年間に及び、共働き父母をサポートするサイト「時間がない.com」を運営中。
著書:『インターネットするママしないママ』(2001年/ソフトバンクパブリッシング)、『Lohas/book』(企画制作 2005年/木楽舎)