【TV2020】環境を変える努力とコンテンツの掛け合わせでテレビの未来は変わる テレビディレクター・映画監督 李 闘士男さん

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【TV2020】環境を変える努力とコンテンツの掛け合わせでテレビの未来は変わる テレビディレクター・映画監督 李 闘士男さん

テレビディレクター・映画監督 李 闘士男氏


東京五輪まで、あと一年。 2020年は、さまざまな業種で一つの分岐点を迎える年と言われています。 テレビにとっても、若者のテレビ離れや人口の減少、NHKによるテレビ番組のインターネット同時再送信の開始、5Gの商用サービス開始など、影響を及ぼすであろう要素が多く、その先行きの不透明さに対する不安の声も聞こえてきます。

今後テレビの何が、どう変化していくのか。 そして、今後も支持されるメディアであり続けるためには何が必要なのか。 テレビ業界の中・外問わず、様々な視点から2020年以降のテレビを語り、今後の可能性を一緒に考える企画【TV2020】。

第一回目は、テレビバラエティの演出からドラマ、映画の制作などオリジナリティのある話題作を作り続けてきた李 闘士男さん。「映像というコミュニケーションで、みんなをhappyにしたい!」をモットーとする李さんから見る、テレビ業界にとっての【2020】とは? テレビと配信との関わり、コンテンツ作りにおけるアイデアなどを俯瞰的な視点で語っていただきました。

【2020】におけるテレビのキーワードは、‟放送"と‟配信"がいかに関わるか

─ 2020年、いよいよ東京オリンピックが開催されます。各業界がオリンピックに焦点を当てた取り組みを加速化させる中、テレビ業界の動向はいかがでしょうか?

先日、NHKが2019年度内にテレビ番組のインターネットでの常時同時配信を始めると発表しました。これは2020年の東京オリンピックを見据えてのことですが、NHKが従来のテレビの機能である‟放送"だけでなく、本格的に‟配信"を始めるということは業界にとってひとつのインパクトですよね。

NHKの放送同時配信は2016年のリオデジャネイロオリンピック時に試験提供を行ったのが最初です。このときの視聴数の多さから、高い視聴ニーズがあり、さらにSNSなどで拡散されるといったことからも、オリンピックの放送同時配信が視聴機会の拡大につながるという大きな期待がうかがえます。

─ 配信のメリットとはなんでしょうか?

今のテレビ局はデパートのようなもので、売り場面積が決まっています。たとえば、ひとつの放送局で火曜日の20時に流せる番組はひとつであり、これが放送の限界です。

しかし配信であればその制約が外れますので、より多くの視聴者に見てもらえる可能性が増えます。要するに、決まった場所に行かないと欲しいものが買えないデパートと、いつでも好きな時に欲しいものが買えるEコマースの違いのようなものです。

昔は、家に帰ればテレビをつける習慣がある人が多かったですよね。しかし、今はネットがあって、パソコンやスマホで情報が溢れている。また、多くの人が外にいて、スマホで動画を見ている。多様化しているからこそ、そこに対してコンテンツを届けるためにも配信は有効な手段だと思っています。

─ 配信が視聴の環境を更に変えていくのでしょうか?

テレビはいろいろなものに縛られています。そもそも広告ビジネスですから、広告主の意向があります。さらに1980年代後半から芸能プロダクションの力が強くなり、自由に二次利用、三次利用ができなくなりました。もちろん、表現などは放送法によって縛られています。

かつ、エリアの問題もあります。たとえば日本のテレビ局が作ったコンテンツを他国の人に見せるには?などという悩みは、ネット配信であれば考えなくていいことです。これらの縛りはハンデキャップといえます。

だからこそNHKは放送同時配信に乗り出した。この流れに民放が追随するかどうかはわかりませんが、配信によって番組づくりが変化していく可能性はあると思います。

動画と人との関わりを読み解くことから考え直す

─ "変化"というのは、配信など新しい視聴形態に合わせて、コンテンツを考える必要があるということでしょうか?

内容はもちろんですが、まず根本的に動画と人がどう関わっていくのかということを見直してみることが大切だと感じています。

たとえば、シニア層には自分の興味のあるものや生活の中で参考になるものが好まれるといわれていますが、今の40代、50代がシニアになった時にそうしたものを求めるかどうか。時流を見ながら柔軟に対応していく必要があると思います。一方、若者層は、ネット配信の動画で現実にはあり得ない設定のストーリーをテンポと仕掛けでみせていく刺激的なコンテンツに慣れています。

規制が多いテレビの中でどうやってそこにアプローチしていくのか。動画と人との関わりを改めて考え、距離をどう結ぶのか、そこを考え直す必要があるのではないでしょうか。

─ ターゲットを明確にすることが必要になるということですよね。

そこが明確なのはEテレですね。『お母さんといっしょ』は長寿番組で、ずっと人気が高い。これは子育て層という一定数のコミュニティ向けの番組だからです。コミュニティを掘って、コミュニティに対してコンテンツをぶつけていく、という発想です。

映像として面白いということだけではなく、必要な情報・求められている情報を網羅していくこと、それが今後求められるテレビだと思います。

─ 視聴率についてはどのように捉えていますか?

たとえば、YouTuberは多くても数万~数百万人に対して動画を作っていますが、テレビは何千万人単位の視聴者がいます。面白さが細分化していく中で、テレビはどうしてもマスを狙わないといけません。だから難しい。

制作側が視聴率にとらわれすぎないために、視聴率とは違った指標があってもいいのではと思います。

─ テレビ側はコンプライアンス意識が強いのでしょうか?

テレビの場合、放送法の問題やスポンサーの問題などの制約が多いのは事実ですし、その中でどう工夫していくのは制作者の腕の見せ所でもあります。

ただ、最近は、作り手側がいかに問題を起こさないようにするかといった回避意識が強くなり過ぎてしまい、スマートに、より上品に、というものをテレビ局が求めすぎていて、結果、冒険ができない環境になっています。ゲームでもルールは少ないほうが面白いですよね。たとえば、相撲は相手を土俵の外に出すか、倒すかだけというシンプルなルールだから老若男女問わず楽しめる。

テレビ制作においてもルールが増えすぎれば、複雑になり面白さも半減してしまう。エンタメ業界を目指す若い人が、テレビではなく「動画で配信する映像を作りたい」と言っているのを聞くと、テレビ業界が抱えている窮屈さのようなものが伝わっているのだろうと感じますね。

厳しいテレビの現状を打開するための3つの提言

─ シンプルに放送の機能だけで勝負するには、テレビを取り巻く環境は厳しそうですね。

確かに環境は良いとはいえません。ただテレビができること、テレビの未来のために力を入れていかなければいけないことはあると思っています。

1つ目は、‟同時性・速報性にこだわったコンテンツ"を作ること。

2つ目は、‟ネットと連動したコンテンツ"を作ること。

そして、3つ目は‟新しい領域を見つけるための投資"です。

─ それぞれ具体的に教えてください。1つ目の‟同時性・速報性にこだわったコンテンツ"は?

いわゆるスポーツ中継など、生放送だからこそできるコンテンツです。ニュースやスポーツなどの同時性・速報性のあるコンテンツは、テレビからは無くならないと思います。たとえば情報番組でも「今日何があった?」というようなテーマで、街の出来事やイベントなどの情報を一般の人から自由に投稿してもらうとかね。

三社祭のニュースでも、「実はハトがたくさんいて大変だった」とか、報道では伝えない情報のほうが面白い。見ている人に"体験化"させることが大切。体験した人はインフルエンサーになるので広がりも大きい。

コンプライアンス的に難しい部分もありますが、少しディレイして放送するとか何かしらの手段はあるはず。本気で取り組めば解決策はあると思いますね。

─ 2つ目の、‟ネットと連動したコンテンツを作ること"という提言ですが、テレビのネット連動についてどうお考えですか?

今はテレビを見るにしても、スマホを持ちながらのダブルスクリーン視聴の時代。これを活かさない手はありません。

『#カワイイこみなみには旅をさせよ』(通称『こみ旅』)というBSフジの番組は私がディレクターを務めたのですが、この番組は出演者がどこに旅に行くのか、旅先で何を食べるのかなどがすべて視聴者からのツイートで決まるという企画のものです。そもそも、出演者もTwitterでキャスティングしました。

視聴者からすると、投稿が採用される面白さや自分が参加しているという感覚が魅力で、ネット連動で成功した番組です。放送期間は2017年10月~2019年3月でしたが、放送が終了した今でも番組Twitterはポジティブに動いています。番組のDVD化の要望があったので、「8,000RT されたらDVD化します」とツイートしたところ、実際に8,000RT を超えて販売が決定しました。

─ テレビのネット連動ものは難しいと耳にしますが。

それはやり方が中途半端なのではないかと思います。先ほど話した8,000RTにしても、この数字がどれだけの意味持つのか、その価値が分かっていない人が多い。「たかが8,000でしょ」みたない反応をする人もいましが、実際にはリツイートした人にフォロワーが100人いれば、8,000×100の価値があるということです。

そして、テレビの人間は番組のことをネットに書かれることを嫌い、距離を置く傾向があるのも理解が進まない原因のひとつだと思います。

『こみ旅』では、ネットマーケティングの専門家に企画会議に参加してもらい、ロケにも同行してもらって、アドバイスをもらいながら一緒に番組作りをしました。どの情報をどのタイミングでどう出していくか、それらはすべて計算したうえで、もっとも効果がある形で情報発信をしていくのです。

テレビとネットでは文法が違うので、そこを埋める必要はありますが、テレビ側からネットに近づいていく必要があるのではないかと思っています。

─ 3つ目、‟新しい領域を見つけるための投資"とは?

今やネットの動画配信番組のほうがテレビ番組よりも制作費をかけているという話も耳にします。出演者へのギャラもテレビより高く、かつテレビより制限もないので、演者もやりやすい。そんな声があるのも事実です。思い切って何かを変えないと、テレビは緩やかに下降していくだけになってしまいかねません。

先ほどNHKが放送同時配信に乗り出したという話をしましたが、これはひとつの投資ですよね。テレビが厳しい中、その突破口のひとつが配信ということは間違いないでしょう。今、スマホで動画を見ることが当たり前になっており、もはやテレビが家にないという人も増えているので、これはおそらく有効な投資でしょう。

─ 投資によってコンテンツ作りの新しい可能性が広がるということですね。

海外では実験的ではありますが、視聴者が自由に出演者を動かせるような番組が制作されています。ゲームなのか、映画なのか、テレビなのか、その垣根がない。実現するにはシステムの開発など投資は必要ですが、その価値はあると思います。誰も見たことのないような映像やストーリーをどう表現するのか、私も勉強中です。

とはいえ、新しさを追求し、とにかく機材や技術に投資さえすればいいという話ではありません。たとえば本来は演出が必要なドラマを、8Kの高精細な映像で撮る必要があるのかということも疑問です。‟隠す"というのもドラマなどの演出では大切なこと。すべてがリアルに見えてしまうことがプラスに働くとは限りません。

コンテンツの新しさは誰もが追求するところでしょうが、一方で新しさだけが求められるのか?というところも疑問です。

コンテンツを掛け合わせることで大きなマーケットになる

─ テレビは出演するタレントの存在も大きいと思いますが?

司会や進行が上手なタレントは多いと思いますが、たとえば、たけしさん、鶴瓶さん、タモリさん、ダウンタウンさんなど、圧倒的な存在感と独特のリズムがあり、一瞬でその場の雰囲気を変える力がある。

これぞ‟芸人"といえる人たちはほんの一握りしかいません。また、仮にそういった人が出ているから番組として必ずしも評価されるわけでもありません。これからの番組の切り口を考えるには、コンテンツの解釈を変えることも必要です。

─ コンテンツの解釈を変えるとは?

人が何を面白いと思っているか、何の情報を必要としているのかということです。

たとえば、バスケットボール専門誌である「月刊バスケットボール」は、発行部数が10万部以上ともいわれ、他のスポーツ雑誌に比べて抜群に売れています。もちろん、学生を中心にバスケ人口が多いことや、昨今のBリーグ発足やNBA選手誕生といった明るい話題などもあると思いますが、それ以前から長年継続して売れている。

その理由が何かというと、全国の中学校・高校のチームの成績をすべて掲載しているからです。全試合掲載されているから、そこに関わっている多くの人が購入して手元に残しておこうとする。ユーザーが本当に知りたい情報、欲しいと思っているものは、実はそこなんです。

─ 他メディアからも学ぶ姿勢は必要ですね。

今まではテレビはメディアの王様でしたが、もはやそんな時代は終わってしまいました。自分たちが中心ではないので、他のメディアからいかに学ぶか、そして‟どう組むのか"も考える必要があります。

みんなテレビを見なくなったといいますが、決して動画コンテンツを見なくなったわけではありません。むしろスマホなどの普及によって、動画を見る機会は増えているのではないでしょうか。昔は大きな水槽だったものが今は細分化されていて、水槽ごとに分かれているイメージです。どうやって他の水槽から他から視聴者を連れて来るかを考える時代です。

たとえばコンテンツの掛け算を考えてみると面白いのではないでしょうか。先ほどバスケ専門誌の例を挙げましたが、仮に40万人の潜在顧客がいるバスケットボールのメディア上で、60万人のファンがいるアイドルを呼んで番組作りをすると、合計で100万人の視聴者が見てくれる可能性が出てきます。

こうしてコミュニティ、コンテンツをレイヤーのように重ねていくことで、数字が伸びる可能性はあるのではないでしょうか。

良質な番組を制作するということは基本ですが、それだけでは難しい時代であることは間違いありません。視聴者が何を求めているのか、そこに届かせるにはどんな手法があるのか、作り手も常に考えていかなければいけないと思います。

─ 本日はありがとうございました。

<了>


李 闘士男(り としお)
テレビディレクター、画監督。1964年生まれ。 大阪市出身。日本大学芸術学部卒業。バラエティ番組のディレクターとして『とんねるずのみなさんのおかげです』、『サタ★スマ』等数々の人気番組の演出・総合演出を担当。『お父さんのバックドロップ』で映画監督デビューし、『ボックス!』『神様はバリにいる』『家に帰ると妻が死んだふりをしています』などの作品を発表。近年はWEB配信ドラマも手掛けている。

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