TI ComNet
吉田敏江さん
北海道でテレビやラジオのパーソナリティーを務めたあと、1990年にハワイ大学へ留学。ハワイの日系ラジオ局を経て、ニューヨークでアナウンサーに。帰国後、2001年「TI ComNet」を設立。在京キー局、ローカル局、海外テレビ局および配給会社に幅広いネットワークを築き、番組販売をはじめ、放送コンテンツの翻訳、吹き替え、海外メディアの日本での撮影コーディネートなどを手掛ける。
※本記事は2015年9月に発売したSynapseに掲載したものです。
コンクール受賞を名刺に海外テレビ局に売り込む。
「海外で生活している時に、現地のテレビ局で放送されていた日本の番組を見たのですが、とてもひどい内容だったんです。その時、日本にはもっと良い番組があるのだから、自分が紹介してみようと思ったのが、この仕事を始めたきっかけでした」
海外のテレビ局に、日本のローカル局の番組を販売しているTI ComNetの代表、吉田敏江さんは会社立ち上げの経緯をこう語る。スタートは1998年、番組の二次利用で収益を上げることが、まだ一般的ではなかった時代のことだ。
「海外生活を始める前は、北海道の放送局で仕事をしていたので、ローカル局がいいコンテンツをつくっていることは知っていました。そこで、全国のローカル局に海外番販を持ちかけたんです」
最初に興味を持ったのは北海道テレビ(HTB)。海外のテレビ局に番組を買ってもらうため、吉田さんが最初に取り組んだのがコンクールでの受賞だった。
「海外にはテレビ番組のコンクールが数多くあります。そこでの受賞実績は名刺代わりになり、きっと売り込みがしやすくなる。そう考えて、当時HTBさんが制作した『知床悠久の半島(しま)~ヒグマとともに生きること~』をニューヨーク国際映像祭にエントリーしました。結果は銀賞。2002年のことです。HTBさんは、これをきっかけに海外展開を進めるようになりました。今では積極的にコンクールにエントリーして、ローカル局では受賞も多い局だと思います」
この時に吉田さんが行った、コンクールを足がかりに番販へとつなげる方法は、現在のビジネスモデルに生かされている。では、番販の流れとはどういうものなのだろうか?
「まず、海外で売れそうなローカル局の番組を見つけ出し、英訳の海外版を制作します。その後、コンクールに提出するためのサマリーをつくり、エントリー業務を代行。受賞後は番組見本市などに出展し、契約が成立すれば、最後に契約内容をしっかり確認します」
もちろん、これはスムーズに進んだ場合の流れなので、番組内容や取引をする相手によってそれぞれ大きく異なることが多いそう。そして、この仕組みに加え、17年間の年月で培ったノウハウもTI ComNetの強みのひとつだと話す。
「長年の経験で身に付いたのが、番組と相性のいいコンクールを見極める目。番組内容によって、どのコンクールに出せば通りやすいかは経験的に分かります。しかし、ただ出品するだけではダメ。ドキュメンタリーのなかにもいろいろなカテゴリーがあります。例えば政治、国際問題、歴史、ヒューマンソサエティーなどのカテゴリーはアメリカの大手局やBBC、ディスカバリーなどが多くの番組をエントリーするため激戦です。なので、他の関連カテゴリーを探して受賞を狙います。やみくもに出品していては受賞できないので、戦略が必要になります。もうひとつの強みは、海外の放送局が欲しがっているようなコンテンツを、どのローカル局が制作しているかを把握していることです。これらの強みを生かしているので、うちから出した作品は大体9割の確率で受賞しているんですよ」
今でこそローカル局の番組を多数チェックして、各局のコンテンツを把握できている吉田さんだが、当初は『海外に買ってもらえる番組なんてない』と思い込んでいるローカル局への啓蒙活動に駆けずり回っていた。
「その時に、様々なローカル局の番組の試写をさせていただき、海外に番販できるチャンスを探っていました。なかには、お蔵入りになってしまったけど、海外ではウケそうな番組というのも多かったですね」
海外番販を念頭にして番組制作を行う重要性。
なぜ、ローカル局自らも気付いていなかったコンテンツが、海外では求められていたのか?その背景のひとつに、海外テレビ局の要望が細分化していることがある。
「スペインの局からは、5~10歳の子どもたち向けの教育番組が欲しい、といった細かい要望もあります。最近ではネットフリックスなど、ネット配信用の番組を求められることも増えてきましたね」
では世界で求められる番組をつくる時には、どのような点に気を付ければいいのだろうか。
「本当に良い番組は、国境を越えて伝わります。しかし、海外に番販するためにはテクニックも必要です。まず心がけてほしいのは、著作権の問題。例えばドキュメンタリーでは、アップで映っている人物や建物などの権利関係がクリアになっているかどうかがとても重要です。ひと手間増えますが、取材時に海外での放映も見据えて承諾を取ることをおすすめします。同じ理由で、音楽もフリー楽曲やオリジナル楽曲を使うといいでしょう」
また内容によっては、特定の文化圏では番販できないことも知っておく必要があるという。
「以前、九州の放送局の制作で温泉シーンが含まれた番組があったのですが、これはイスラム圏には売ることができませんでした。肌の露出がNGなんです。テレビ朝日の『大改造!! 劇的ビフォーアフター』も海外番販の人気コンテンツなのですが、やはり入浴シーンがない回を選ぶようにしています。ほかにも、情報番組などは外国人に分からないトピックを扱うこともあるため、それらを説明しようとすると、英語のテロップで文字だらけになってしまうので注意が必要ですね」
更に、契約についても気を付けたいところだと話す。
「日本とは概念が異なることも多く、先ほど話した著作権についての確認も厳しい。また、利益についてもロイヤリティや、あらかじめ決めておいた配分率で分け合うレベニューシェアになることが多いですね」
もうひとつ、吉田社長はリバージョニングの可能性にも触れる。
「海外の放送局からは『自分の国のスタイルに合わせて編集したいので、取材した素材自体を売ってくれないか?』という相談もあります。抵抗感があるかもしれませんが、なかには応じるローカル局も出てきました。世界展開を視野に入れるなら、検討してもいいと思います」
ネット配信に代表されるデジタル化が進むことで、放送業界は大きく変貌している。
吉田さんは「ローカル局、キー局という肩書きに関係なく、世界に打って出られる時代になった」と考えているという。
「ローカル局にとっては、新たなチャンスの到来だと思います。ただし、売れそうな番組があっても英訳や契約など、マンパワーが追いつかないケースがある。そういった時は、私たちを頼ってもらいたいですね」