HOME テレビ 「『ドキュメント72時間』。その場所を通して現代日本を描く番組づくり。」NHKプロデューサー 相沢孝義さん
2017.11.1

「『ドキュメント72時間』。その場所を通して現代日本を描く番組づくり。」NHKプロデューサー 相沢孝義さん

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※本記事は2015年6月発売のSynapseに掲載されたものです。

NHK 第1制作センター経済・社会情報番組部チーフ・プロデューサー
相沢孝義

1996年入局。仙台放送局を経て、2000年より東京の経済・社会情報番組部に。『プロジェクトX』『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』などのディレクターを担当。06年『ドキュメント72時間』には立ち上げからディレクターとして参加。13年に同番組が再レギュラー化した際は、チーフ・ディレクター、後にチーフ・プロデューサーを担当し現在に至る。『ドキュメント72時間』は毎週金曜22:55〜

 


 

“なんでもやる部署”から奇妙な番組が生まれた。

 

―相沢さんは、なぜNHKを志望されたんですか?

「大学時代は教師になるつもりだったんですが、周囲に新聞記者を志望する友だちが多くて。あちこち取材に行けて面白そうなので、新聞社を受けたんです。あと、同じような仕事ができそうだからNHKも記者で受けようとしたら“それはディレクターの仕事だよ”って言われて」

 

―最初の配属はどちらに?

「仙台です。丸4年いて、小さなリポートものから芸能ニュースまでいろいろなことを担当して、2000年に東京に来ました。配属された経済・社会情報番組という部署は、ホントになんでもやる部署だったんです。経済から人物ルポ、戦争まで。ショートコントの演出をしたこともあります。経済学の用語を使ったギャグを自分で考えたり」

 

―それから『プロジェクトX』に入られた。担当されたなかで思い出深い回はありますか?

「TOTOのウォシュレットです。少しずつ洗浄便座が世に出ていたけれど定着していなくて、“トイレのイメージを変えよう!”とコピーライターの仲畑貴志さんなんかを巻き込みながら、技術者と広報マンが奮闘する……っていう回でした。『プロジェクトX』って技術者たちが歯を食いしばって闘って泣かせる話ですよね。

でも、この回はお尻の話なんで、若干滑稽な部分もあって。そのなかで世の中を変える新たな商品価値を生み出そうと努力し実現する人々の物語に、いつもと違う個性的な番組ができたという手ごたえがありました」

 

―あの番組は担当ディレクターがネタも出すんですか?

「はい。社史を読んだりしてざっくり前取材をして、デスクとプロデューサーに提案するんです。一企業の単なる成功譚ではなく、社会にまで影響を与えた話であればゴーサインが出て、そこから本格的に取材開始。関係者の方々に証言をとって、再現ドラマをつくっていきます」

 

―それ以降はどんな番組を?

「『プロジェクトX』は、終了する2005年までずっと続けて、同じ部署の『クローズアップ現代』のチームのなかにできた番組開発に。そこで『ドキュメント72時間』が始まるんです。

当時、NHKのドキュメンタリーを若い人たちがなかなか見てくれず、なにか変わった味わいのものが必要だという機運が局内にあって。“ぶっつけ本番で3日間ひとつの場所を撮り続ける”という無茶な企画が出たんです。

それでまずパイロット版として『渋谷のコインロッカー』をテーマにしたものがつくられた。これがすごく好評で、2006年の秋から半期だけ定時番組になったんです」

 

多様な分野の人たちとの経験が刺激になった。

 

―最初から今のスタイルで?

「同じですね。シナリオは用意せず、とにかく3日間、ひとつの場所や人物に密着して、出来事だけで構成するという。当時、ディレクターはいろんな部署の垣根を越えて集められました。芸能番組から青少年・子ども番組から教養番組から……合計7人ほど。この時、多様な分野の人たちと過ごした経験がすごく刺激になりました。

例えば、事前取材なし、ロケハンも最低限で、撮影ではぶっつけ本番で人に話を聞かないといけないなかで、芸能番組出身のディレクターの話を引き出す技術とかはすごくうまかったですね。相手に警戒されないように懐に入っていくのが本当に上手で」

 

―実際に、72時間カメラをずっと回してるんですか?

「24時間撮れる場所では、日中と夜の2班体制でやってます。じゃないと死んじゃうので(笑)。過酷な場所って緊張感があって、見てる側の反応もいいんですよ。宗谷岬のバス停とか秋田港の真冬のうどん自販機とか。自販機は秋田局の報道のカメラマンが提案してくれたんです」

 

―企画は誰でも自由に出していいんですか?

「年に何度か地方局にオフィシャルな形で募集をかけるんです。すると、若いディレクターから取材系のカメラマン、アナウンサーまでいろんな人が提案してくれます。宗谷岬や恐山は地元局のディレクターでしたね」

 

―思い出深かった回は?

「東名高速道路の足柄サービスエリアです。深夜に出会った鹿児島のトラックドライバーさんは、連日の配送でなかなか家に帰れないのですが、今度赤ちゃんが生まれると話してくれたんです。“女の子がいいな。カワイイ服着せてやりたいんだよね”って。

だから仕事も頑張れると楽しげに語ってくれた翌朝、ある老夫婦に話を聞くと、お墓参りに行くんだと。お子さんを亡くされてたんですね。子どもの誕生を励みに走る人もいれば、子どもの失われた命のために通り過ぎる人もいる。そんな人たちがほんの数時間の間に同じ場所で交錯する。すごいドラマだと思いました」

 

―2013年に再レギュラー化され、そこでプロデューサーになられました。今はどのように制作に関わっていますか?

「番組は25分ですが、まずは取材ディレクターが40分前後に編集したものを私とデスクとディレクターと、編集マンで見ます。全員で議論しながら、何を取捨選択するかを話します。ディレクターが現場で得た実感に近い印象を視聴者にも感じ取ってもらうことを目指しながら、“そこは要するにどういう場所か?”ということを、突き詰めて話し合いますね。それがプロデューサーになってから変わった点です。

ディレクター時代は1回分の放送を仕上げるのに精一杯でしたが、プロデューサーになると毎回いろんな場所を見るので、“そこが一体どんな場所なのか?”を深く、そして俯瞰して考えるようになりました。

私もディレクター時代からそんな視点が持ていればよかったんですけどね(笑)。編集期間は2週間です。1週目はまずディレクターが切って、2週目には私も連日見ます。それでブラッシュアップしていく」

 

―現場ディレクターのVTRを見た時はどう思われますか。

「面白いですよ。素材が生き生きしてて。普通の取材だと、撮影の段階では取材相手との間に、ある程度の人間関係が構築されている。でもこの番組は人間関係をつくる前からカメラが回っています。

“撮るな”と拒絶されることもある一方で、警戒していた相手がだんだん打ち解けてくるところも映し出されてる。これまでのドキュメンタリーにない“人間関係のつくり方”が記録されてるんです」

 

―プロデューサーになられてから印象深い回はありました?

「この番組の醍醐味のひとつって、先入観を覆されるところにあるんですよね。そういう意味では西成の貸しロッカーですね。この地域には家もないまま働いている人が多いので、私物や生活雑貨を全部貸しロッカーに預けるケースがあるんです。その前で張るという無茶な企画(笑)。

これが案の定、取材拒否の嵐だったり怒鳴られたり……でも、腹を割って話してくれる人もいて。半ばホームレスのようなかたちで肉体労働をして暮らす年配の男性にロッカーを見せてもらったら、錆びた鑿のみとカンナがあったんです。話を聞くと、昔大工をやっていてこれだけは捨てられないんだと。“きっと無理だと思うけど、いつかまた大工の仕事をしたいんだ”って言うんですよ。

それとか廃品を集めて暮らしてるお年寄りが収入の記録をロッカーにしまっていて“自分の誇りは生活保護をもらわずに生きていくことだ”って語ったり。普段、あまり交わることがないそうした人たちから“生きることの意味”といった何か深いものを教えられた気がしました。そんな話が聞けた時、この番組やっててよかったなとつくづく思います」

 

若い人たちの「面白そう」という気持ちを大事に、後押ししたい。

 

ドキュメンタリーに多様な入り口を。

 

―今は何人体制ですか?

「ディレクターは9人で、そのうち外部の制作会社の方が4人。それ以外にピンポイントでお願いすることもあります」

 

―制作会社の方を入れてらっしゃるのはなぜですか?

「彼らのセンスや技術みたいなものをうまく取り入れられないかなと思ってて。内部の人間だけでつくると、NHKで培ってきた文法みたいなところから逃れられない気がしていて。

かつて芸能ディレクターの取材の仕方が刺激を与えてくれたように、外部ディレクター独自の問題解決の手法やテーマの選び方が、我々に新しい風を吹き込んでくれないかという期待があって」

 

―ディレクターにとって大事なことはなんだと思われます?

「この番組では、撮ってきたものを最終的にまとめる時、間違いなく自分の世界観が反映されるんですよ。そこでの取捨選択には、ディレクターの主観が入ってこざるをえない。薄っぺらな物の見方しかできないと、そこで切り取られる世界も薄っぺらなものになります。

物事には正面からだけ見てても分からない部分があるので、全体像を捉えるようなものの見方をするということが大事ですね」

 

―それに気付かれたのは?

「プロデューサーになってからですね(笑)。でも、いろんな番組をちょこちょこやってきたのがよかったような気がします。その時は気づかなくても糧になってたんだなあと」

 

―では、プロデューサーにとって大事なことは?

「全体を俯瞰して深く読んで提示できる力。撮られてきた事実の中に、なんだかある世界が見えるけど、それがそのままの形でいいのかどうか。

主観に凝り固まるのではなく、撮られてきたものだけで判断するのでもなく、その周りにある現実や社会と見比べて、今の世の中でこの場所はこういう意味があるんじゃないかと提示すること」

 

―そういう力は個人の資質によるところが大きいですか?

「僕の場合は今の部署の環境が大きいと思います。すぐ近くに『クローズアップ現代』のチームがあるのですが、そこで今何を取りあげているのかみんななんとなく知っている。それで世の中が今どう動いているか分かる。

隣にいる『プロフェッショナル』のチームからは、時代の最先端にいる人たちがどういうことに苦闘しながら壁を乗り越えようとしているのかも聞こえてくる。そんな環境のなかで刺激を受け、知らずしらずのうちに視点が磨かれているような気がします。

何を描くにしても、今の時代を切り取る視点は大切にしたいと思っています。例えば秋田の自販機に集まる人びとをテーマにした回であっても、スタッフには、心の片隅に『現代の日本を描いているんだ』という気概をもって撮影に臨むようアドバイスしています」

 

―簡単に見えて、つくるのはすごく難しいですよね。

「そうですね。3日間の定点観測って、一見すれば誰にでもつくれるように思われがちなんです。でも実際には制作のノウハウがいっぱい詰まってる。現場の取材交渉、撮影許可、どんな質問を投げかけ、そのやりとりから何を見出し、時代を横目でチラチラ見ながら、その3日間をどんな世界として構成していくのか。

技術と知識を含む制作力は磨いていくに越したことはないですから。それは『72時間』に限らずいろいろな番組で応用することができますし、新しいコンテンツを生み出していくこともあると思いますよ」

 

―視聴率は気にされますか?

「はい。一番気にしているのは“どれだけ若い人に見ていただけているか”。だから、ツイッターとかも見ます。そもそもNHKは見ないという若い人たちにぜひ見てもらって、ドキュメンタリーが面白いということを知ってもらいたいですね」

 

―番組の質をさらに上げるために何か考えはありますか?

「定点観測もずっとやってるとマンネリ化しちゃうから、飽きられないようにチャレンジして、ドキュメンタリーの可能性を深めていきたいです。やはりNHKはドキュメンタリーがお家芸なんです。

『クローズアップ現代』とか『NHKスペシャル』みたいに対象にじっくり取り組む調査報道もあれば、僕らみたいな奇妙なドキュメンタリーもつくらせてくれる。その多様性がNHKのいいところです。

他にも『ファミリーヒストリー』という家族をテーマにした歴史ドキュメンタリー。あとBSプレミアムの『にっぽんリアル』。ディレクターが自分を主人公にして語るものすごく個人的なドキュメンタリー。とにかく、いろんな人をドキュメンタリーの世界にいざなえるよう、“どこからでも入れますよ”と間口を広く構えているところがすごくいいんだと思います。

ですから新しいことは常にやっていかないといけないですね。特に若い人たちは前のめりにやってほしい。彼らの“面白そう”っていう気持ちを大事にして後押ししたいので、72時間以外でも開発企画提案も積極的に出してもらっています」

 

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