Consumer Electronics (家電)をRevolution(革新) する思いを込めたというスタートアップ『Cerevo』。IoTを活用した世界オンリーワンのユニークな製品を開発し、注目を集めている。ネットと家電の未来を創造し続ける、代表の岩佐琢磨さんにスタートアップの視点から2020を語ってもらった。
※本記事は2017年3月発売のSynapseに掲載されたものです。
Cerevo
岩佐琢磨
1978年生まれ、立命館大学理工学研究科卒業後、松下電器産業(現パナソニック)株式会社に入社。2003年からデジタルカメラ、テレビ、DVDレコーダーなどの商品企画に携わる。2008年5月、ネット接続型家電の開発・販売を行うスタートアップ『Cerevo』を起業。代表取締役に就任。世界初となるインターネットライブ配信機能付きデジタルカメラ『CEREVOCAM live!』や、パソコンがいらないライブ配信機器『LiveShell』シリーズ、自動変形型ドミネーターなどを開発し、世界55カ国で販売している。
CESの見どころは音声認識機能とフランスのスタートアップだった。
― 御社は、開発中の未発表新製品を含む17製品を、世界最大の家電見本市「CES2017」に出展されましたね。気になるものはありましたか。
「ひと言で言えば、Amazonのアレクサとフランスのスタートアップが独占した、ということですね。アレクサは、AIを利用した音声認識機能なのですが、家電から自動車まで、あらゆる企業がこれを利用したサービス・製品を発表していました。Amazonがこれだけの音声データを吸い上げると、音声認識分野ではもう誰も戦えないのではないかと思います。総務省も日本連合で音声認識をやると言っていましたが、明らかに勝てない印象を持ちました」
― 確かに、スマホの次はアレクサがくると話題ですね。ではフランスのスタートアップは?
「フランスはデザインがカッコいいし見せ方もうまい。国民性でしょうね。アジアとはレベルが違うと感じました。結果として中国・韓国・日本のブースはガラガラ、フランスのブースは満員という風景でした」
― フランスやアメリカをはじめとして、グローバルで戦うスタートアップの発想や技術に対して、日本は1〜2年遅れているように感じます。
「確かに、最先端のテクノロジーや新しいソリューションに対して日本の反応は非常に遅いですね。ただし、話題になり始めると長期間生き続けるといった特徴があります。一方、アメリカはテクノロジーが一気に拡散してスーッと引いていくのがトレンド。
結果として、アメリカでは死んでいるのに、日本では生き続けているサービスが生まれています。例えば、Twitterがその好例で、日本で流行りだしたのは2008 〜2009 年頃で、アメリカよりもずいぶん遅かった。今はアメリカでは事業整理の話が出ているのに、日本ではいまだに現役ですよね」
― 日本のスタートアップも、世界的なトレンドに乗りたいのに、国内の法整備が追いつかずに実行が難しいといった側面はないのでしょうか。
「それはあります。例えば、世界的には 25kg以下のパーソナルモビリティが流行っていますが、日本では道路交通法の問題で公道の走行が難しい。そうこうしている間に、日本のスタートアップはパーソナルモビリティのジャンルには入れなくなっていく。ただ、法律や規制に邪魔されているのは日本だけではありません。
アメリカではFDA(アメリカ食品医薬品局)の規制は非常に厳しく、医療周りのスタートアップはハードルが非常に高い。その結果、映画『マトリックス』や『攻殻機動隊』みたいな電脳的な世界に行きにくくなっています。今後は規制の緩い国がスタートアップのリードをとるかもしれません」
― Cerevoはコンテンツホルダーとのコラボも多数展開していますよね。コラボ系製品と自社オリジナル製品のバランスはどのようにう考えていらっしゃいますか。
「コラボは増えています。例えば、アニメ『サイコパス』に登場する『ドミネーター』を1/1サイズで精巧に再現した製品などを展開していたり、『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズの劇中に登場する『TACHIKOMA』を再現したスマート・トイも手がけています。
お互いに面白いコラボなら、半分くらいはコラボ製品になってもいいと思っています。誰も知らないコンテンツにいいハードウェアを搭載しても意味がないですし、その逆もまた然り。どんなにいいコンテンツでも、ハードウェアが貧弱では売れません。その考え方からすれば、仮面ライダーベルトやガンプラは昔からある成功例。私たちは、そういった良い事例を今風にアレンジしています」
― コラボする際に注意していることはありますか?
「大人のファンがいるかどうかですね。本当に光が刀身になるような『スター・ウォーズ』のライトセイバーがあれば、フリークだったら1000ドルでも買うでしょう。そういった意味では、コアな大人のファンが多い深夜アニメ系とのコラボは必然的に増えるという側面はあります。あとは、アニメは権利処理が楽。
でも、大手家電メーカーだと色々な点で動きにくかったりします。その点Cerevoは、やっちゃえばいいじゃん、で動ける。フットワークが軽くて、かつ実際にモノづくりができる会社となると、日本ではうちを含めて数社くらいしかないのではないでしょうか」
― そういう意味では、企業からコラボなどの話が集中しやすくなって、嬉しい面もあるのではないですか。
「短期的にはライバルが少ないほうがブルーオーシャンなので楽ですが、中長期的にはまずいと思っています。フランスや中国のように国内コンペティター同士の争いはあるけれど、グローバルでフランス・イズ・クールと認識されれば、世界中の最高の仕事はフランスに集中します。日本国内の縮小均衡で自社が安泰と喜んでいるのは全然良くない。それは、テレビ業界にも通じるかもしれませんね」
スマホに奪われた時間を取り返すゼロ・ユーザーインターフェイス。
― テレビ局をはじめとしたコンテンツ制作をする業界のこれから、についてはどうお感じになっていますか。
「コンテンツをつくって配信する場は地上波がいちばん強い。しかし、強さにこだわらなければ発信する場は非常に増えてきました。YouTubeもあれば、パーソナルフィルムをつくってクラウドファンディングで資金調達して劇場にかけることもできる。場がないならつくればいいというのがシンプルな解です。ネットの進化で場の選択肢が増えて、昔に比べて発信はしやすくなった。テレビ局に所属しなくても発信していけるいい時代になったなと」
― 御社がメディアとコラボした事例でいくと、ニッポン放送とつくったラジオ『ヒント』がありますが、これはどのように始まったのでしょうか。
「ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんの"カッコいいラジオが欲しい"というひと言からスタートしました。吉田さんはある意味タレントさんで、ハードウェアの開発に明るいわけではありません。アイディアを出してもらいつつ、ハード面は僕らがバックアップ。
値段と機能のバランスやクラウドファンディングの手法、プロモーション手法、リスクヘッジなどをアドバイスしました。デザイン面はフィギュア・玩具を中心とした企画・制作・製造をしているグッドスマイルカンパニーさんが主導。デザインから原価や歩留まりがどうなるかなどの話をしながら、分野の異なる3社のコラボレーションから生まれた製品です」
― テレビのような映像メディアとのコラボという点では『Tipron』もユニークな製品ですね。
「これはある種、メディアの未来を変える製品になると思っています」
― 具体的には、どういった点が未来を変えるのでしょうか?
「コンセプトは"Screen Everywhere"です。例えば、朝6時にベッドルームでモーニングニュース、といった条件を設定しておくと、条件に合わせてベッドルームの壁に番組を投影してくれる。30分間ベッドルームで投影したら充電ステーションに戻って、お昼にはニュースを30分間リビングで投影、夜にはバラエティをダイニングで……といった設定もできます。
重要なのは、一度設定したら、ユーザーは何もする必要がない、いわば"ゼロ・ユーザーインターフェイス"。一回設定したら触らない。テレビをオンするではなく"勝手につく"ことが大事なのです。忙しい朝にわざわざテレビはつけないかもしれないけれど、勝手につけば見るでしょう。
分かりやすいところでは、渋滞情報ですね。朝のニュースで15分に1回はやるかもしれないけれど、わざわざ流れるのを待つのは辛い。でも、たまたま流れていたら見る。そうしたら、スマホで渋滞情報を確かめなくてもいい。情報を得るために画面を見る時間を、『Tipron』ならスマートフォンからテレビが奪い返せるのではないかなと思います」
― その発想はどこから生まれたのでしょうか?
「家中の様々な場所をスクリーンにできたらというシンプルな発想です。ある社員が、ロボットをつくりたいと言っていたので、どうせならプロジェクターを入れて、色々な場所に情報を出せたらいいんじゃないの? と盛り上がったんです。
将来的には『Tipron』をテレビにまで発展させたいですね。テレビは知らない情報も勝手に入ってくる、ある種お仕着せがましい部分があるでしょう。だったら、もっとお仕着せがましく、常に映して完全受動的なデバイスにしてしまったら面白いと思いません?」
― 反響はいかがでしょうか?
「新しすぎてよく分からない、という声が多いのが正直なところです(笑)。ただ、興味を持っていただくことも増えてきており、イベントでの利用や、オフィスの受付での活用など、B to BでもB to B to Cでも活用したいといった声は少しずつ増えてきています」
長年変化がない製品にこそイノベーションの種がある。
― 今後、手掛けたいジャンルはありますか。
「長いあいだ、何も変わってないものですね。例えば、スノーボードのビンディング。スノボに詳しい人から言わせると、この30年間、性能は良くなっているけれど形はあまり変わっていないそうです。
だったら僕たちが変えようということで、『XON SNOW‐1』をつくりました。また、CESでも展示した『Lumigent』は、音声認識機能を搭載して、変型機構を備えたロボット・デスクライト。デスクライトも、長年変化がありませんでしたから」
― 今ヒットしているバルミューダのオーブントースター『ザ・トースター』やフィリップスの電球『Hue』なども、これまで変化がなかったものを進化させた製品群ですね。
「彼らのアプローチと僕らのアプローチは少し異なりますが、そういうところにイノベーションがあるという思いは同じです。
例えば、調理家電のミキサーは、原理が30年前と何も変わっていないのですが、僕らなら電子機器やネットワークとつながるマイクロプロセッサーを搭載してソフトウェアで制御ができるミキサーがつくれる。さらに言えば、机や椅子といった電気すら通っていなかったものも変えていきたいですね」
― Cerevoの斬新な製品群を見ていると、大手メーカーは少々コンサバ化しているような印象を受けます。
「ひと昔前はイケイケドンドンで、新しい製品が次々と出てきていました。多少問題があろうが面白いほうがいい、という時代だったからこそ、成長も著しかった。しかし、安定期に入るとリスクヘッジの思想が表に出てきます。そうなるとイノベーションは起こりにくい。
結果、製品のコモディティ化が進み、大手メーカーは撤退していく。そういう時こそ、僕らみたいなスタートアップの出番で、デスクランプにカメラやロボットアーム、音声認識を入れたりして高付加価値にする。そうなってやっと大手メーカーも負けじとがんばる。テレビ番組も似ているようなところがあるのではないでしょうか」
― 例えば、どういったところでしょうか。
「地方局から『水曜どうでしょう』のような面白い番組ができたようなケースです。いわば発想の勝負で、小さな母体だからできたということがありますよね。あの番組を見たキー局の制作の方々がまた新たな刺激を受けて面白い番組をつくる、という感じですね」
― 2020年に向けては、今どんなことをお考えですか?
「正直、規制緩和ぐらいしか興味がありません。世界的な流れだと思うのですが、オリンピックの影響力が年々減っていると感じています。みんなで同じことをする時代ではなくなってきているのではないでしょうか。リアルタイムでなくても録画で見ればいいし、映像を見なくても専門家が解説してくれるのを読むだけ、または聞くだけでもいいかもしれない。
むしろ2020年で気にしているのは、東京に大量の外国人観光客が押し寄せた時に、今のままでは確実に色々なところが破綻するということ。法規制の緩和や新制度の導入が必要でしょう。そして、そういう部分にこそ、僕たちのようなスタートアップにチャンスがあるはずで、例えばパーソナルモビリティの普及や宿泊や移動、通信、決済、それから街に意外とゴミ箱が少ないとかも狙い目なのかもなとか思ったりしますね」