株式会社ネクステージ 代表取締役 福井学
演劇というと、劇場の中の閉ざされた空間のイメージを想像する人は決して少なくはないだろう。そんな舞台演劇を「誰もが楽しめるように」とスタートさせたのが、月額制のサブスクリプションオンライン観劇サービス「観劇三昧」だ。同サービスを提供している株式会社ネクステージ代表の福井さんは別事業での挫折を経て演劇に没頭し、劇団とWIN-WINになれるビジネスモデルを構築。突き動かしたのは、自らを救ってくれた演劇のために何かしたいという思いだった。
絶体絶命のピンチに出会った「舞台」という世界
―まず最初にこれまでのご経歴をお聞かせください。
高校卒業後は家電量販店に勤めていました。入社直後は扇風機や冷蔵庫、エアコンといった生活家電の販売を行い、最終的には個人的に好きだったパソコンの担当になりました。パソコンを使う人もどんどん増えていたので「販売だけではなく別のところにチャンスがないか」と考えました。使う人が増えたらその分サポートのニーズも高まります。特にメーカーや電気屋で修理を依頼するとハードディスクの交換だけで4~5万円かかりますが、僕が直接受けられたらその半額でできます。そこにチャンスを見出そうと、個人でパソコンの修理やサポートを請け負うビジネスを立ち上げました。
─ビジネスは順調でしたか?
僕がメインとしていたのは中小企業で、「PCが動かないと困る」といった社長などのサポートでした。直して動いたら喜ばれますし、メーカーよりもフットワークが軽いと好評でご用命いただいていましたね。
しかし、2009年にリーマンショックの煽りを受けたタイミングでお客様が徐々に減ってきて、自分たちも修理パーツの仕入れの支払いなどで抱えていた負債がどうにもこうにも膨大になり、正直「廃業しよう、そして僕自身も人生を終わりにしよう」というところまで追いつめられていました。
―どうやってその苦難を乗り越えたのですか?
2009年2月末で自分の人生に区切りをつけようと思っていたのですが、その2日前に友達に「自分が出ている芝居を見に来ないか?」と誘われました。それまで一度も演劇を見たことがありませんでしたし、どうやってチケットを買うのか、どこに情報があるのかもわからなかったくらいでした。誘われるがまま見に行った芝居でしたが、そこで魅了されたというか、普段グータラな友達が舞台に立った瞬間に全くの別人に見えて、めちゃめちゃかっこよくて。「お芝居って何やろなあ…」と思い、興味が湧きました。
─初観劇で衝撃を受けたのですね。
率直に「もっとお芝居を見たいな」と感じましたし、「お芝居を見たいからもう少し頑張ろう」と思いましたね。自暴自棄になっていましたが、取引先に頭を下げて支払を伸ばしてもらい、どうにか事業を再開して。その一方で貪るように観劇を始めました。何を見ても新鮮で、1年弱で300本近くの芝居を見たと思います。
得意分野であるITを趣味の観劇に活かす
―演劇が福井さんを救ってくれたのですね。
はい。とはいえ、演劇に出会った当初は、ただの演劇好きというだけの人でした。しかし、2012年の秋頃にある劇場の小屋主さんに「演劇のチラシを見ることのできるアプリを作れないか」という話を頂きました。大阪にはHEPホール、ABCホール、インディペンデントシアター、芸術創造館、近鉄アート館などの劇場が集まった京阪神劇場連絡会というところがあるんですが、そこから予算を出してもらい、最終的に27くらいの劇場が集まってアプリを作ることになりました。
―趣味が仕事になった瞬間ですね。
それが「関西チラシ手帖」というアプリです。2013年5月にリリースしまして、朝日新聞に記事を掲載して頂きました。メディアに取り上げられることも嬉しかったですし、多少手応えを感じて「得意分野であるITを活かすことで、演劇が自分の仕事になるんじゃないか」と思うようになりました。
具体的に演劇の何をビジネスにしようかと考えた時に、PCサポートのビジネスに関わってくれているスタッフに車椅子のユーザーがいて、芝居に誘っても「行きにくい」ということで、ユーザビリティの問題がありました。そこで「芝居を家で見れるようになれば、もっと多くの人に広がるのではないか」と感じたんです。そのアイデアは当時色々な人にヒアリングしましたが、その一方で反発も多かったですね。
―どういった反発でしょうか?
劇団の方からは「演劇はナマモノなので劇場で見て欲しい」という声が多かったです。もちろんその気持ちも十分理解できます。
そんなときに、とある劇団の代表の方が「演劇の映像というのは人によっては評価は50点だったり2点だったりするかもしれないが、伝えることに価値がある」と話している記事を見て、「ああ、そうだよな」と思いました。
演劇は、もちろん劇場にアクセス出来る人は直接見るのがいいですが、例えば僕が大阪に住んでいて、東京のお芝居も見れたかといったらあまり見ることができていません。当然ながら、行動や時間の制限など様々な事情があります。先ほどの車いすユーザーさんや、あとは子育て中のママさんパパさんなどが子どもを預けてお芝居を見に行くというのはそんな気軽なことではありません。実際、芝居やほかの観劇も含め、一時保育的なサービスも広がりを見せています。とはいえ、子どもを寝かしつけた時間などに、もっと気軽に映像で芝居を見たりするのもありなんじゃないかと思ったんです。
―お芝居を見たいのに時間や場所の制限があって見れないというのは、その方にとっても劇団にとっても機会損失ですよね。
はい。それに、一部の人気劇団以外は劇場を満席にしたとしてもそれほど潤沢な売上にはなっておらず、劇団員がアルバイトしながら生活しています。それであれば、他にも何か収益を生み出す方法が必要ではないかと思い、最終的に出した結論は「映像を配信して、劇団の収益に繋がっていくようにしていきたい」でした。
動画配信によって劇場の外側に作品を出し、その作品を元に収益を生み出す構造が出来るんじゃないかという仮説を立てました。そして、劇団から作品をお預かりして作品を配信するプラットフォームを用意して、お客様から利益を頂戴した時に利益を双方に還元していくというやり方、いわゆるレベニューシェアで「観劇三昧」をスタートしました。