ユーザーが主体となる金融産業を目指すマネーフォワード Fintech研究所
─2015年に設立されたマネーフォワード Fintech研究所についてお伺いします。設立の経緯を教えてください。
まず背景として、日本ではFintech(※Finance と Technology を組み合わせた概念で、金融領域におけるテクノロジーを活用したイノベーション/https://corp.moneyforward.com/news/release/corp/20150720-fintech-lab/より)という言葉が2014年前後から聞かれるようになってきていました。
とはいえ、ファイナンスとテクノロジーといっても、言葉としての定義が広いので、都合よく解釈されたり、今更テクノロジー?という見方をされたりしている面もありながら、社会的な関心は高まっていました。
当社としては、これまで公式ブログやメディアへの寄稿を中心に Fintech に関する情報発信を行っていましたし、金融庁金融研究センターでの講演をはじめ、様々な形での発信機会を頂戴していました。そうした中でさらにFintechの調査や情報発信を進め、かつ企業、金融機関、官公庁、専門家などとの取り組みを進めるべく、研究所を設立しました。
Fintechの本質は「ユーザーの課題解決をするプレイヤーにしかビジネスチャンスがない」こと。今までは上級者こそがお金や融資など、その場に付加価値を与えられるとされていた分野でしたが、ユーザーが欲しい結果を得やすいようにサービスを提供できるのがインターネットのいいところです。2014年頃からアプリの時代になってきて、それが提供できない会社が淘汰されている傾向にあります。
金融は装置産業かつ免許産業なので、供給者本位になるバイアスがあるわけです。しかしそれでは他の産業に比べて遅れをとってしまう。ですから、金融業界のイノベーションを促すために何ができるかという理論体系的なものがやりたかったんです。
―瀧さんの著書『FinTech入門』(日経BP)でも問題提起されていますね。
はい、ユーザー本位主義の金融にならなければいけないということを主題にしています。金融機関はこれまで与える側として自らを律するというパターンで物事を考えてきたところがあります。それゆえに組織のDNAとしての側面も含め、そこをどうやって変えられるかということに苦慮しているのではないでしょうか。
もうひとつはGAFA(ガファ)。Google、Apple、Facebook、Amazonは全世界にユーザー基盤を持ち、膨大なユーザーのデータを保有しているという共通点があり、それらが銀行に参入してGAFA銀行を設立しかねないのではという仮説が話題になったことがありました。その影響力は計り知れず、世の中を支配するのではないかと危惧されています。
実現するのかどうかは疑問ですが、仮想の敵として想像したときに、金融機関は今まで通りというわけにはいかないでしょう。ユーザーを見ていない銀行はその時点で敗北する可能性があります。
また、中国のBAT(バイドウ・アリババ・テンセント)は、それぞれ彼らが出資している銀行が存在するんですよね。だから中国では既に現実化している脅威で、中国は銀行よりもアリペイのほうが重要な存在になってきているのではないでしょうか。
―日本ではどうでしょうか?
日本は基本的に銀行の新規参入は多くない国ですし、銀行は収益性が大きな課題なので、まず銀行の未来像を考える必要があります。
マネーフォワード自身も銀行に近い領域でビジネスをしていますが、我々自身も明確な答えを持ち合わせていません。これからも引き続き、金融に対する研究をしっかりと行いたいと思っています。
―研究所の規模は?
設立時から、基本的に私がメインで働いています。とはいえやはりリサーチなどをする必要があり、時期によってさまざまな研究員が所属して研究しています。
日本の消費者が抱える金融の問題解決に
―研究の蓄積や成果はどのように発信しているのでしょうか?
現在の研究所が自身で研究成果を出すフェーズではないと思っていて、基本的にプロダクトで問う、政策で問うという形にしています。
研究成果が学会に評価され、実際に制度として運用されるまでの期間は7年程かかってしまうんです。それでは遅すぎるので、例えば2週間の研究で分かったことを直接当局の担当者やジャーナリストに伝えることで取り上げてもらう。「マネーフォワードFintech研究所ブログ」でも発信していて、当ブログで発信したワードを政策の種としていただいているようです。
また、金融機関APIの活用や金融テクノロジーの制度を緩和していくスピード感などのテーマについて行政機関から逐次意見聴取の機会をいただくことも成果かなと思います。
―最近の研究の一例を教えてください。
最近ホットなのは、認知症研究の第一人者である京都府立医科大学大学院医学研究科の成本教授をアドバイザーに迎え、認知症の人とその家族を取り巻く生活支援に向けて、自社サービスを活用した取り組みに着手しています。
日本では認知症の方が2015 年に525 万人、25 年には高齢者全体の2 割である730万人となる見込みともいわれています。認知症になると計画的にお金を使う、銀行でお金を引き出す・振り込むといった金銭管理が難しくなります。
認知症や超高齢化といった社会課題は日本がフロントランナーであり、かつ日本では国内資産の6割半を55歳以上が持っていますから、だんだん日本の資産は凍結され始めているともいえます。高齢者、障がい者を支える制度も日本は脆弱で、家族の負担は多大であり、かつヘルパーや後見人の担い手も飽和している。それなのにAIを投入することに対しての意見も分かれていて、八方ふさがりの状況です。
―マネーフォワードがその解決の糸口となるかもしれませんね。
財産管理などについていえば、家族や医療関係者など、社会の中で緩くデータを共有しながらサポートする仕組みを作る、テクノロジーで管理するといったことが考えられます。
国の人口の3割がお金を動かせない層になった場合、必要とされる銀行は何だろうと考えますね。それは介護訪問的な銀行かもしれませんし、認知症にならないと開けない特定の口座かもしれません。そのくらい極端なケースも考えたりしています。
その課題解決に向けてソリューションを模索していきますし、今後も世界でこの問題は加速度的に生まれていくでしょうから、日本からその発信ができたらいいですね。
─本日はありがとうございました。
<了>
株式会社マネーフォワード取締役執行役員 兼 マネーフォワード Fintech 研究所長 瀧 俊雄(たき としお)
2004年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。株式会社野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事。
スタンフォード大学MBA、野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て、2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画。経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」への参加や、金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」メンバーとしても活躍。