センサーが人の手間を軽減する
—弊社も、生活者のテレビの視聴データを収集し、テレビ局などに提供しているのですが、御社ではデータの収集をどのように活用しようと考えていらっしゃるのでしょうか?
現在はセンサーで値を取り、人が灌水の予約を入れています。次のステップは、その人の水やりのアルゴリズムをきちんとクラウドに入れて、次回いつ水をやるのかを予測します。予測が合っていれば、このアルゴリズムは正しいということになり、自動で水やりができるようになる——というのが目指すところです。最終ゴールは明確なので、そこに向かうためのセンサーであり、アクションにつながるようなデータのとり方をしています。
作業者の方の判断を読み取って作ったアルゴリズムなら、70点ぐらいの精度でしょう。それを90点に持っていくには、ビッグデータを活用する必要がありますね。そうなると、センサーの測定だけでなく、毎日畑に行って、今日は農作物が何センチ伸びたといった成果データや、そこに水やりや温度がどれだけ影響しているかといったデータも必要になります。そこまで行くには、もう少し時間がかかると思います。
—センサーや灌水制御装置のおかげで、どんな点が軽減されたのでしょうか?
果実堂さんの例を取ると、ひとつは、ハウスに土を握りに行っていた作業が格段に減りました。明日かあさってに水をやろうと思うときは、連日土を見に行ってたのですが、それが減りました。
もうひとつは、灌水。電気制御していない一般的な農家さんは、バルブを開け、15分間水をあげて閉めるというアナログなもの。これをハウス10棟分しようとすると、10棟×15分かかります。その後、そこから少し進化して、タイマー予約できる装置ができました。バルブは開けっ放しで、蛇口のところに電磁弁がついていて、タイマーをセットすることで開閉ができるというものなのですが、タイマー予約をするためにはやはりハウスに行く必要がありました。
ところが、灌水制御装置を使えば、ハウスに足を運んでバルブを開け閉めしたり、タイマー予約を現地でセットしたりする必要がなくなった。実は、一般の農家の方にはセンサーよりも、灌水制御装置のほうが響くんですよね。「行かなくていいんだ!」ってベネフィットがわかりやすいですからね。
—今後の事業展開について、どうお考えですか?
果実堂さんとの取り組みで形ができつつあるので、ベビーリーフに関しては今の形態をハウス×AIにまで発展させるということがひとつ。もうひとつは、自社でも農場を運営する予定です。そこで培ったノウハウを、ハウスソリューションとして外部に売っていく計画です。
また、ベビーリーフ以外の栽培も手がけたいですね。ほうれんそうや小松菜といった葉物系はノウハウがあるのでできると思います。
栽培の基準となるのは、効果価値で収益性が高い農作物ということに加え、種まきと収穫が機械化されていること。これをクリアしていないと、数人で40~50棟見るという形にできません。収穫を人の手でやっていると、数人では頑張ってもハウス10棟ぐらいにしかならない。イチゴなんかだと、手で収穫するのでそれぐらいなんです。
逆に、今は機械化されていないけれど、機械化できる農作物もあって、アスパラガスなんかは当てはまると思います。付加価値も高いですしね。
ベビーリーフは収穫機のようなもので収穫、ねぎも機械で収穫しているのに対して、アスパラガスは現在、手で収穫しています。真ん中にアスパラガスの元になるような太い木があって、その周りに生えてきます。ある程度大きくなると刈っていくのですが、それを機械化できないかと考えています。そこをクリアできれば、ベビーリーフと同じように、数人でハウス40~50棟を見ることができると思います。
—お話をお伺いしていて思ったのですが、野菜がどうやって収穫されているかなんて知らなかったです。
僕もこの事業に携わるまでは知りませんでした。何もわからない状況から、3年でいろいろやっているうちに知りましたね。
少人数でも効率的な農業を実現
—果実堂さんはセンサーを求めていたということですが、一般の農家のニーズは実際のところどれぐらいあるのでしょうか?
農家さんにも2パターンあって、ひとつは法人の事業として農業をやっているところ。そういうところは事業を拡大したいし、効率も上げたい。ハウスを100棟増やすとなったときに、今、持っているハウスから物理的に離れたところに展開する可能性があるんです。
場所や人が変わると、同じ方法で取り組んでも収量が取れない場合もあります。そこで、新しいハウスでも収量が落ちないようにするために、センサーや灌水制御装置を使いたいという声は聞きますね。法人で農業をしているところには、ニーズが確実にあります。
逆に、拡大をあまり意識していない農家の方だと、ニーズはあまりありません。そういう方に対してはセンサーよりも、灌水制御装置を使うと楽になるという点を訴求すればいいんじゃないかと思います。
—御社の装置を使うことで少人数でも効率的に農業経営ができるなら、今後の日本の農業にとって明るい材料になりそうですね。
現在、日本の農業人口は約180万人。平均年齢も68歳ぐらいになっています。この先も50万人程度までどんどん減っていくといわれています。でも、農作物の需要は変わりませんよね。そうなると、輸入に頼らなければならなくなりますが、安全性のことを考えると輸入農作物に対して懸念する人は少なくないでしょう。
結局、少ない農業従事者でいかに効率よく安全な農作物を作るかという話になります。日本全国で滋賀県の面積分ぐらいの耕作放棄地があるのですが、弊社の装置を使えば、そうしたところでも栽培できるのではないかと思います。
—農業を事業として手がけている法人って、何パーセントぐらいあるのでしょうか?
まだ10%もないぐらいでしょうね。ただ、金額的なシェアで見ると増えています。たとえば、トマトならカゴメさんがありますよね。スーパーなどのプライベートブランドも増えていますし、今後も増える傾向は続くでしょうね。
—農業関係の装置メーカーなどでIoTを進めていこうという動きはありますか?
結構あると思いますね。とはいえ、弊社のようにセンサー自体を作っているメーカーはあまりなくて、大多数はデカゴン社等のセンサーを買ってきて、通信の部分だけを自社で開発していますね。
—センサーなどの導入といったアプローチとは異なる手法で、農業の効率化を進めることはできるのでしょうか。
たとえば、ミニトマトの栽培は水耕栽培を行っているのですが、水の中に養分を入れて栽培しています。栽培中に水分量を細かく管理する必要はなくて、溶液を排水するときに、どれだけ農作物が水を吸ってて、どれぐらいの水が残ったかを見るだけでいいんです。センシングではなく、水やりの量を最初からコントロールしていく方法ですね。これは便利なんですが、水耕栽培に適したトマトとかレタスにしか使えません。土で育てる根菜類などは無理なんです。
—センシングによってできた農作物がちゃんとできているか確認する作業は、人間でなければダメなんでしょうか?
今のところはそうですね。
—画像認証させたりする方法はいかがですか?
画像認証について研究されている方はたくさんいらっしゃいます。トマトなんかは、これぐらいの大きさ、赤さになったら収穫したほうがいいとか、やっていますね。トマトは食物生理が解明されているのでやりやすいんですよ。
農業の自動化、流通の効率化…今後の展開
—SenSprout社には社員の方は何名いらっしゃるのですか?
エンジニア4名、営業が私も含めて2人、あとは管理が1人といった構成です。
これまで灌水制御装置の設計をしてもらっていましたが、今、メインでやってもらっているのは装置にAIのアルゴリズムを実装するための作業です。といっても、最初は人間がやっている水やりのマニュアルに合ったアルゴリズムを実装するだけ。それを基にして、ビッグデータを使って機械学習させていければと思っています。農作物生産の自動化というところまでくれば、世界的に見ても先進的な例になる可能性があると思いますね。
—なるほど。これからが楽しみですね。海外進出の話などはありますか?
「中国でやりませんか?」というお話もいただいていたのですが、ニーズを聞いてみると「ベビーリーフは高いから、買うのはお金持ちでしょ?」って言われたりしました。でも、中国のお金持ちの方って、中国産の野菜を買わないんですよ。「輸入のほうがいい」って、中国産を信用していないんです。
あとは今、台湾で少しやっています。果実堂さんが台湾で栽培をしているのですが、いい感じですね。台湾から中国に輸出したほうがいいんじゃないでしょうか。
—農業分野で、御社のような企業ができることって他にどんなことがあるのでしょうか?
まだまだあると思います。現在、弊社では生産性向上にかかわる事業を手がけていますが、農業にはもう一つ「流通」という課題があります。今までは農協さんがやって来られたことですが、民間企業が入って取り組まなければならないことがたくさんありますね。
特に農協さんが取り扱いにくい「規格外商品」は、流通も自分たちでやらなければならないことが多く、規格外商品の流通についてはニーズがあると思います。弊社としても、流通の非効率性の改善に取り組んでいきたいですね。
—農業はこれまで以上にスマートにできるというのが、広く知れ渡るといいですね。本日はどうもありがとうございました。
(了)
株式会社SenSprout 代表取締役 三根 一仁(みね かずひと)
東京大学法学部卒業。大学在籍中に数社のベンチャー企業の立ち上げ、企業買収を経験後、ソニーに入社。スゴ録ブランドの立ち上げなどを経験した。2006年、insproutを創業し、2015年にSenSproutを創業。