株式会社SenSprout(センスプラウト) 代表取締役 三根 一仁氏
ビニールハウスに設置した 土壌水分センサー で土の中の水分量を計測し、水分が必要になったら遠隔操作で水やりができる。人手が足りない農業に、「人手に頼らない効率的な農業」を提案する株式会社SenSprout。東京大学の研究室で生まれたベンチャーが農業と出会い、事業を発展させてきた軌跡を伺いました。
東大工学部の研究室からスタートしたプロジェクト
―御社は農業用の 土壌水分センサー や、灌水制御装置、ビニールハウスをセットにして販売するという事業を手がけていらっしゃいますが、具体的な事業内容を教えていただけますか?
土壌水分センサーは土に挿して、地表から10cmから20cmの深さの土の水分量と、地表の温度を計測するものです。計測したデータをゲートウェイという通信装置でクラウドサービスにアップロードし、1時間ごとにグラフでチェックできるようになっていて、水やりが必要になると灌水制御装置を作動させて水分を供給します。
もともと、2012年に東京大学工学部の川原圭博准教授が、プリンテッドエレクトロニクス技術を応用した土壌水分センサーのコンセプトを発表したことがきっかけでした。この技術を使って銅の薄膜をプリントし、コーティングしたのがセンサー部分。センサー部分で微弱な電流を測り、水分量に変換します。2014年にセンサーの商品化を目指して設立されたのがSenSproutです。
―三根さんはどんないきさつで川原先生に出会われたのですか?
川原先生とは同級生で、このプロジェクトの前に別のプロジェクトにかかわっていたんです。そのプロジェクトがひと段落ついた2014年、川原先生が「せっかくだから、違うプロジェクトやろう。農業って興味ある?」という感じで持ってきたのが、土壌水分センサーのプロジェクトでした。東大工学部と農学部の共同プロジェクトで、農学部の人から土壌水分についてのノウハウを伝授してもらい、それを工学的に実装していくという形で研究が進んでいきました。
2015、6年に、全国150か所でセンサーの実証実験を行いながら改良に取り組み、農家の方々にもデータを見てもらいました。ですが、多くの農家さんが「このデータをどうしたら良いの?」という反応で、データをうまく活用できませんでした。
そこで、高度なノウハウを持っている農家の方と手を組みたいと考えていたところ、2017年2月に熊本の(株)果実堂さんというベビーリーフの生産販売を手がける企業が手をあげてくださり、事業提携しました。
果実堂さんは700棟のハウスを持ち、年14回転ぐらいの頻度で生産を行っています。日本の平均的なビニールハウスの生産回転数は7回ほどなので、倍の効率性で栽培を行っていることになります。こうした高度な生産技術を持っているところと提携し、土壌水分センサーを果実堂さんのハウスに設置して、生産ノウハウをデータで見える化していきました。
昨年8月には灌水制御の実験を行い、今年4月からはセンサーデータを使った自動灌水実験を開始しています。果実堂さんのノウハウをこちらでアルゴリズムとして取り込み、来年の3月にはAIが水やりをするというのを目標にしています。
ハウスに行かず、スマホから水やり
―灌水制御装置はいつごろ作ったんですか?
2016年の秋ごろ、果実堂さんと事業提携する前です。センサーのデータを元に灌水を制御するというイメージは最初からありました。
灌水制御装置はスマホやPCから操作するようになっています。ビニールハウスは熊本にあるのですが、水やりは東京からでもできます。それこそスマホでポチッとボタンを押すと水が出るんです。ハウス内の左右のブロックが独立しているので、片方だけ出すこともできます。これを利用して、実際に現場に行かなくても、農作物ができているんですよ。
果実堂さんはかなりの栽培ノウハウを持って効率的に生産されていて、数人で約40~50棟のビニールハウスを見ています。弊社のセンサーと灌水制御装置を本格的に導入すれば、同じ人数で倍くらいのビニールハウスを見ることができるとおっしゃっていて、この土壌水分センサーと灌水制御装置が省力化に貢献していることになります。次のAIの段階に進めば、さらに人手を減らすことができるのではないでしょうか。
果実堂さんと事業提携したことで、センサーと灌水制御装置、ビニールハウスにベビーリーフの栽培ノウハウをセットにして販売することができました。一式500万円ぐらいですね。ベビーリーフを栽培したい農家の方にそのまま使っていただいて、必要に応じて果実堂さんからコンサルテーションを受けることができます。実際に育てるためのセットと栽培方法をそのまま導入できるので、新規事業として農業に参入したい大企業などにはウケがいいですね。
ビニールハウスは普通のパイプハウスですが、秒速50mの風や、1平方メートル当たり50kgの雪にも耐えることができます。実際に果実堂さんが使っていて、熊本というかなり台風が来る地域で実績があるハウスです。温度設定をしておくと、天井部分が自動で開閉するようになっています。ビニールハウスの横は、夏の間は開けっ放し、冬は閉めっぱなしです。横の開閉は半年に一度の作業で使用頻度が少ないため、手動で行いコストを削減。これに、土壌水分センサーと自動灌水装置がついています。
新規参入した大企業さんは栽培ノウハウを持っていないことが多いので、必要に応じて果実堂テクノロジーさんにコンサルテーションに入ってもらうようにしています。
—ビニールハウスって規格みたいなものはあるんでしょうか。
いえ、大きさの縛りはありません。ただ、日本の農地は「反(たん)」単位が基準になっていますね。500㎡が0.5反、一般的な農地は3000㎡~5000㎡、つまり3~5反が多いです。 ハウスもこの大きさに合わせて作られていることが多いですね。これよりも大きいほうが効率的という場合は、大きさを変えて作りますが、それでも横は葉菜の効率を考え6mになっていることが多いです。
農業的な知見を広げた、農業法人との出会い
―SenSprout社を設立して、どういった点が大変でしたか?
農業のことについては全く知らない工学部の人たちが始めたプロジェクトだったので、そもそもの農業の手法から学ばなければならなかったところです。そんな状況で実証実験を始めて、転機になったのは、やはり果実堂さんとの出会いですね。高度なノウハウを持っている企業さんと組んだことが、大きかったです。
―御社との連携に手を上げた果実堂さんも、何か課題を持たれていたんでしょうか?
果実堂さんはハウスを14回転させて栽培するなかで、水やりのノウハウが重要だということをご存知でした。果実堂さんでは、土をギュッと握ったときの土の割れ方で水分量を測っていて、「こういう割れ方のときはこの作業をする」といったマニュアルを持っていたんです。そういう方法で栽培管理をしておられたのですが、やはり人がやることなのでブレてしまう。そこで、できればセンサーで土壌の水分量を測りたいということになりました。センサーって研究で使うものはあるのですが、農業で使えるようなものがなく、いろいろ探しておられ、「それでは弊社とやりませんか」という話になりました。
—よいパートナーに出会えましたね。
そうですね。ベビーリーフ栽培の担当役員の方がすごいんです。もとは建設会社出身で、ハウスの設計もこの方が手がけました。弊社が収集しているデータも、この人が欲しいっておっしゃる形に合わせています。これからも、もっと農業業界の方とよい出会いがあるといいなと思っています。
―御社のように、データをクラウドに飛ばせるようなセンサーは他社ではないのですか?
農家のみなさんがだいたい使っているのは、デカゴン社の水分センサーですね。センサーとしての性能は高く、弊社のものと同等ですが、ネットにつながっていないので現地にわざわざ見に行く必要がある。しかも、測りたいところに穴を掘って埋めなければなりません。これでは面倒だということで、弊社のものはセンサー部を地面に突き刺す形にしています。
—他にも農家さんからの要望はあがってきていますか?
ありますね。「土の中の肥料の量を測りたい」と言われたことがありました。試作品を作ってみたのですが、「水分量みたいに、肥料の分量を毎日リアルタイムで知りたいわけではない」という話になりました。とはいえ、その農家さんでは、種をまく前に肥料を入れ、そのときに量を測り、農作物ができて出荷したあと、新しく土を入れるときにも肥料を測る。つまり、肥料の量を計測する機会は2回だけなんです。センサーがあればうれしいけれど、頻繁に使うわけではありません。センシングが必要なのは、毎日アクションする必要があるものですね。
—水分量と肥料の量を測る技術は異なるものなのですか?
いえ、ほぼ一緒です。肥料の総量を測るときは、水分量を測るときとは抵抗が異なる金属を入れて、数値を取っています。もし、肥料の装置を活かすなら、総量ではなく、土中の硝酸やカリウムなどがそれぞれ、どれぐらい含まれているかといったことを計測できるようにするべきでしょう。ある物質が少なくなったときにアクションを起こすようなAIを入れていくのがいいでしょうね。
—そういった装置はまだないのですか?
リアルタイムで測定出来る装置は見たことがありません。硝酸やカリウムといった物質がどれぐらい含まれているか測定しようとすると、電気抵抗では不可能で、化学の範疇ですね。硝酸に反応する試薬を使い、その反応をカメラで撮影して…といった作業になります。