思いもよらないアイディアは、気が付くとそこにも、ここにも。あまり関係のないジャンルにこそすばらしいヒントは転がっている。そんな、時代の風を巻き起こす方々に話を聞き、メディアの仕事にフィードバック。今回は、起業家と大企業を円滑にマッチングするためのコーポレートアクセラレーターを提供するゼロワンブースターの鈴木規文さんだ。
※本記事は2016年6月発売のSynapseに掲載されたものです。
01Booster
鈴木規文
1992年、新卒でゼネコン入社。経理・財務などを担当。99年カルチュア・コンビニエンス・クラブ⼊社、管理部門を統括するコーポレート管理室に。在籍中の2006年「キッズベースキャンプ」を創業、09年には東急電鉄に売却。12年、01Boosterを創業。起業家を支援するとともに、大企業とのマッチングによる新規事業開発支援も行う。大企業からベンチャーへの出資とメンタリングをスムーズに行う最新型のプログラムは「コーポレートアクセラレーター」と呼ばれ、これまで学研、森永製菓、キリンなどとタッグを組んでいる。
老舗ゼネコンからベンチャーへ。会社員のまま起業し、成功。
― まず、鈴木さんのプロフィールをお聞かせください。最初はゼネコンに就職されたそうですね?
「はい、私の時代は売り手市場だったので、就職活動の流れのなかでなんとなく決まりました(笑)。仕事は主に経理・財務、いわゆる主計部門。6年勤めて辞め、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)に入社しました。業種は全然違うんですが、仕事としては同じく主計の領域だったので、職種はスライドして積み上げになったと思っています」
― どういう思いで転職されたんですか?
「私がいたゼネコンは創業100年以上の大企業で、自分の自由裁量がほとんどなくて。そもそも提案という概念がなかったんです(笑)。だから若い会社で、自分の裁量で仕事がしたかったんですね」
― 実際に転職されてどうでしたか?
「楽しかったですよ。"仕事ってこんなに自由にやっていいんだ!"って(笑)。前職とかなりギャップがありました。それでCCCには7年半勤めました。経理・財務で入社し、辞める前から外で事業を起こしていたんですが、社内ではコーポレート管理室長という肩書でしたね。バックオフィス部門の統括マネジャーです」
― CCCを離れられたきっかけは何だったんですか?
「私のポストより上は役員だったんですが、経営陣と日常的に接する機会が増えて、そこから上にいくには仕事の能力を超えた様々な力が必要だと痛感するようになったんです。いわゆる人間力だとか他者との関係性を構築する力とか。それでグロービス経営大学院に通い始めるんです。実はこの時は2回目でした。
入社1年後ぐらいにグロービスに通っていたんです。その時は起業のためというより単純に自分のスキルアップのためでした。当時はまだグロービスもできたてで、MBAプログラムもなかったですしね。再度通い始めたのは、ちょうどMBAプログラムができてすぐのころで、かなりはっきりと"経営"をイメージしてました。ちょうどそのタイミングで知人に事業に誘われたんです」
― その時は、CCCにまだ籍はあったんですよね。どういう事業だったんですか?
「キッズベースキャンプ(KBC)という、様々なアクティビティのある送迎付きの学童保育サービスですね。田口弘さんというミスミグループ本社の創業者が立ち上げたエムアウトという会社がありまして。これは起業家に会社をつくらせる会社なんですが、そこで事業を立ち上げました。
エクイティファイナンスはエムアウトが助けてくれましたが、その他の資金調達などは自分でやりました。これが2006年ですね。その後CCCを離れ、KBCに注力するんです。それで3年目に東急電鉄さんにバイアウトしました。その後も3年間はPMIのために社内に残りましたが、起業家としてひとつのゴールにたどりついたという自負もあり、ゼロワンブースターを事業化するきっかけになりました」
停滞する大手企業にベンチャーの力でイノベーションを。
― 構想はすでにあったんですか?
「2011年から、グロービス出身者を中心とした起業勉強会を開いていました。その頃は、アメリカのYコンビネーター社みたいな事業ができるんではないかと考えていたんです。彼らの事業はシード・アクセラレーターといって、ベンチャー企業に投資家からの出資とメンタリングを提供するサービス。前(第8号)のこのコーナーで取り上げられたサムライ・インキュベート榊原さんのサービスはシード・アクセラレーターですね」
― 御社は「コーポレートアクセラレーター」ですね。簡単に違いを教えてください。
「我々はベンチャーと投資家のマッチングではなく、ベンチャーと大手企業とのマッチングを行います。大手企業は投資を行うだけでなく、彼らのリソースを提供します。例えばベンチャーには存在しない品質管理のプロや財務のプロがメンタリングしてくれるわけです。
あるいは人気キャラクターを活用したりというケースも考えられます……そうした大手企業とベンチャーとの共同事業開発をコーディネートし、円滑にすすめるプログラムを提供するのがコーポレートアクセラレーターです。日本では誰もやっていないので我々が商標をとりました」
― なぜ大手企業とベンチャーのマッチングに注目されたんですか?
「起業勉強会のメンバーはみな大手企業出身だったり在籍中だったりして、内情を知り尽くしていたからです。大手企業が使う"言語"や"風土"みたいなものを知り尽くして、そのなかで生活してきたし、一方で内部からはイノベーションが生まれないことにも気づいていて。自分たちなら、大手企業とベンチャーとの橋渡しができるに違いないと考えたんです」
― すぐ形になったんですか?
「法人化したのは2012年の秋でした。私と合田ジョージという相棒のふたりで会社を起こしたんですが、事業がほとんどなくて。私とジョージは最初の3年間一切報酬なしだったという(笑)」
― ああ……お金とリソースを提供してくれる大手企業が現れないと回りませんもんね。
「私もジョージもバイアウト組だったので、ひとまずは起業家として小さなトラックレコードを持っています。だから最低限の生活を維持できる程度の収入はありました。
それに幸いなことに、優秀な起業家たちは続々と集まってくれました。転機は2013年の秋。当時の茂木経産大臣が、オープンイノベーションの旗振りを始め、その約1年後に学研さんが我々の方法論を採用してくれたんです。この時は5社とマッチングして最終的に4社に出資しました。
その最中に森永さんからお声掛けいただき、そこからは数珠つなぎで、今は順番を待っていただいているような状況です。売り上げは倍々ゲームどころか3倍4倍ゲームで……」
― 学研さんとの関係はどうやって生まれたんですか?
「基本的には人間同士の繋がりですね。起業の世界ってイベントとかセミナーをいつもやっていて、そのなかで学研さんの社員と知り合ったんです。彼が社内のキーパーソンを紹介してくれたところから始まりましたね」
― ご自身が大企業出身だからこそ彼らが抱える問題のこと、よくお分かりなんじゃないですか?
「そうですね。共同経営者のジョージも大手出身です。多くの大企業では新規事業開発は機能不全を起こしています。"いいアイディアが生まれたら潰す"というのが、長きにわたっての慣習。だから日本の大企業にはもはやイノベーターがいない。叩こうと手ぐすね引いて待ってる古参の欲求を満たす材料すらない。だからかなりのウェイトを掛けて行うのは、大手企業向けにマインドを生成すること」
― それは一筋縄ではいかなそうですよね。
「プログラムとして我々がパワーを掛けるのは、ほとんど大手企業に対してなんです。だいたい8:2ぐらいですよ。セミナーとかイベント、研修を開いて大手企業さんのほうにイノベーションマインドとかアントレプレナーシップをご理解いただく過程が重要なんです。そこを徹底せずにマッチングだけを行うと、大手企業はベンチャーを下請け扱いしてしまう。そうなったら終わりです」
― 研修を受けた大手の方って目に見えて変わったりするものですか?
「変わるというよりは、イノベーションを起こしたい人を浮き彫りにする感じでしょうか。もともとどこの企業にでも新しいことをやりたい人は一定の割合で含まれているんです。全員の意識を変えようとは思っていません。味方になってくれる10%の人を探すんです。そして、ベンチャー企業との触媒になってもらう。そういう人をせっせとつくって、社外に"出島"をつくらせて、意思決定の構造を変えてしまう」
目指すは事業が次々生まれる世界。今年はコーポレートアクセラレーター元年に。
― 新たな事業を創造するために必要なことは何でしょう?
「大手企業側の担当者の根性というか、覚悟というか。本当に革新的な事業って誰にも理解できないと思うんですよ。30〜40年前に、"ペットボトルで水を売りましょう!"なんて提案したら、"バカかオマエは"って一笑に付されたんじゃないでしょうか。それが通用するかどうかを誰も判断できない。
通常の合理的な意思決定のなかでイノベーションを生むのは無理なんです。だから"出島"なのだし、それを取り持つ、いい意味で"どうかしてる"と言われるような人が社内にも必要なんです」
― コーポレートアクセラレーターのプログラムって、あらかじめフレームがあってそれを実証していくんですか? あるいは走りながらつくっていくんでしょうか?
「後者ですね。何しろ日本では我々が最初で、前例がないので、やりながら改善していってます。GLOBALACCELERATOR NETWORKというアクセラレーターの団体があって、ここに全世界70都市100社が加盟してるんですが、日本では当社しか入っていません。
クライテリアが異常に厳しくて、なかなか入れないんですよ……そのかわり、ここでは世界のアクセラレーターのデータが手に入ります。それを研究しながらつくりながら走っている最中です。この分野ではアメリカが先行していますが、それをそのまんま持ってきてもうまくいきません。そこを考えに考えぬいてジャパナイズしていますね」
― 例えばアメリカの最新のコーポレートアクセラレーターってどんな感じなんですか?
「ディズニー・アクセラレーターの例ですが、10社のベンチャー企業に対して13週間かけてそれぞれ12万ドルを出資し、CEOのボブ・アイガーはもちろん、ピクサーとかルーカスフィルムとか、ウォルト・ディズニーグループの140人以上の専門家がメンターとして徹底的に支援していく。それで13週間後に何が起こるかというと……10個のサービスがローンチしてるんですよね」
― すごいですね。
「ここには大きなポイントが2つあります。まず新規事業をつくるには数を打たねばなりません。ある資料によると成功率は5%。20個立ち上げても19個は失敗するものなんです。だからとにかく失敗を恐れず形にする。数をこなす。もちろん優秀なベンチャーと組むわけですけど、これがふたつ目のポイントになります。
欧米のトップ企業は、ある特定の個人にイノベーションが内在していることを知っているので、ブレイクしないうちに彼らをかき集めておくんです。日本はそれを全然やっていないから、優秀な起業家たちはシリコンバレーやイスラエル、シンガポールに行ってしまうことになるわけです。優秀な人材がどんどん流出しています」
― 起業する人、しない人の差ってありますか?
「この事業で多数の起業家と会って分かったんですけど、起業したい人って実家が商売されてるケースが多いんですよ。うちも築地の魚河岸なんですが、商売人の家にはサラリーマン家庭にはない、つらい思いとか、ある種のトラウマみたいなものがあって。一歩を踏み出しやすいんだと思います」
― コーポレートアクセラレーターを盛り上げて、目指してらっしゃるところはなんでしょう?
「新しい事業がガンガン生まれる世界です。これからコーポレートアクセラレーターがブームになるのは間違いないでしょう。当社でも4月から毎月、大手企業さんたちと立て続けにスタートを切っています。森永さんの2回目と、キリンさんなど。我々は2016年を"コーポレートアクセラレーター元年"と呼んでいます」
― 次に見据えているのは何でしょうか?
「もうすでに違うサービスを考えています。このサービスは未来永劫続きませんから。結局、新規事業を起こすのは人間です。どんな仕組みをつくるかというより、いかに人間のマインドを掘り起こすか、マインドを持った人材がどれだけフォーカスされるか。そこをベースに考えています。今は"どの大手企業と組むか"が注目されていますが、主役は本来あくまでもベンチャー。起業家の方に目が行くような仕掛けをつくっていきます」