おいしいDMP 「デジタル広告のためにDMPの活用が求められています。メディアも顧客の嗜好をより深く知る必要がある。」 日本経済新聞社 國友康弘さん

  • 公開日:
メディア
#インターネット #テレビ #メディアプランニング #広告
おいしいDMP 「デジタル広告のためにDMPの活用が求められています。メディアも顧客の嗜好をより深く知る必要がある。」 日本経済新聞社 國友康弘さん

※本記事は2017年9月に発売されたSynapseに掲載されたものです。

800万人の日経ID会員や日経BP社も含めた全ユーザーを対象にした分析と、そのデータをもとにした広告配信サービスを2016年から提供している日本経済新聞社。DMP導入の経緯からパブリッシャーが連携する重要性まで、デジタル広告のこれからを語ってもらった。

日本経済新聞社

國友康弘

デジタル事業 広告・IDユニット マーケティングセンター 部長

1992年に入社してから広告一筋。新聞広告営業でキャリアをスタートし、2005?09年春にはニューヨークに駐在。10年からは日経電子版の創刊にあたり、デジタル営業局(当時)で広告営業、ほどなくして商品開発、営業支援に従事する。2015年にDMPの導入に向けた取り組みを開始し、現在はDMPを活用したキャンペーン支援、広告効果の立証を推進するチームを率いる。


──そもそもDMPを、いつ、どのような経緯で導入されることになったのでしょうか?

「2010年に創刊した日本経済新聞 電子版(以下、日経電子版)時は、有料購読サイトとしての側面がクローズアップされ、創刊当時のPVは1億程度とそれまでの無料サイト『NIKKEI NET』時代との大きなギャップに悩まされました。

以前から行動履歴ターゲティング広告は先駆けとして導入していましたが、さらに価値を付加し、価格が高くても買っていただけるように発想の転換を迫られたんです。幸い、読者データベース『日経ID』を活用したターゲティング広告で高単価での販売がある程度は実現できました。

この日経IDをはじめ、日経のWEB媒体の運営には、日経BP社の経験が大きく関わっています。日経BP社はアメリカの出版社、マグロウヒル社と日経との合弁企業としてスタートしましたが、紙の雑誌だけの時代から脈々と流れるマグロウヒルの直販・データベースマーケティングの手法をデジタルで強化し、その手法を日経電子版でも採用したことが、現在のポジションに繋がっていると思います。

その後、検索連動型広告がディスプレイ広告にも応用されるようになってきました。プラットフォーマーの持っているデータ量は我々とは桁違い。簡単には対抗できないと痛感していました。そこで『日経ID会員』にとどまらない全日経ユーザ

ーのデータを管理し、広告主や外部企業のデータも広告主様のマーケティング支援に活用できるよう、DMPを導入できなければ今後は戦えないと考えました」

──DMP導入に当たって、1番苦労されたことについて教えてください。

「会社の中で新しいことを進めていくのは、大きい組織であればあるほど難しいと思います。特にDMPのようなテクノロジー領域の話は理解されるのに時間がかかります。

幸いにして私の場合は、黎明期からデジタルビジネスを経験した多くの上司や先輩のサポートに恵まれ、広告ビジネスにおけるデータ活用の重要性について経営陣に理解してもらうことができました。説明したのは主に2点。

広告枠の販売だけでは競争優位を保てずに失う案件が増えていくという課題意識と、日経ユーザーの広告主様サイトでの行動分析や、外部データと在庫を活用した新商品という対応策の必要性です。広告単価をこれまでよりも高くでき、大きな案件の獲得が見込めるということで、GOサインが出ました。15年春から社内調整を始め、半年くらいかけてサービス提供にこぎつけました」

──日経IDの優位性についてはどうお考えですか?

「ご評価いただいているのは主に、登録制によるデータの信頼性、ビジネス属性の粒度と規模、そして日経以外のデジタルメディアでは捕捉できない富裕層ですね。全体では約800万人で、360万人の日経電子版会員、電子版以外の日経および日経BP社の登録制サービスの会員で構成されています。

ID登録時には性別や年代、居住地域などの基本属性だけでなく、業種、職種、役職、従業員規模まで記入してもらっています。現在はWEBサイトの閲覧データをもとに類推技術を使った『オーディエンス拡張』による広告配信が多くみられますが、cookieデータのみをもとにした推定属性、拡張の信頼性に疑念を持ち、自社ユーザーの可視化を日経と一緒にやりたい、とおっしゃっていただくことも増えました。

他にも、例えば日経BP社のメディア、ITproと日経電子版でIoT関連記事を読んでいる人たちのビジネス属性の分布をお示しできます。居住地域と年収や業種、役職データの掛け合わせで高額住宅物件のキャンペーンに活用いただくこともあります。

16年2月からライフスタイル系のサービスサイト『NIKKEI STYLE』を日経BP社と共同で運営しており、ライフスタイル分野でも幅広いコンテンツが揃っているところも、魅力に感じていただいているようです。ほとんどお付き合いのなかったB2C系の広告主様に当社から分析軸を提案して、その広さと深さにビックリされたこともあります」

──DMPを導入して良かったことは何ですか?

「継続して広告主様と取り組めるベースとなる情報が得られたことですね。価値を認めていただくためになにより大切なのは、ターゲットユーザーの広告接触状況、反応後の状態だと考えています。ここでいう『反応』とはクリックとそこからの直接コンバージョンだけではなく、広告接触をきっかけに、間隔をおいて広告主様サイトに来訪していることも含みます。

検討期間が長く、決定までに多くの情報を必要とする商材では、成約に至っていなくても、何らかの態度変容のあった潜在顧客の育成がとても大事だからです。実際には広告主様に我々のタグを入れてもらって分析を行うのですが、

DMPによって自分たちの顧客像がわかるので、ある広告主の方からは『ユーザーの獲得コストが高かったとしても、その後のLTV(顧客生涯価値)で元が取れる』と言って頂きました。この言葉でとても勇気づけられました。そういう話をきちんと証明できるよう、事例の発掘にも取り組んでいます」

──DMPによって得られる各種データの分析については、どのように運用しておられるのでしょうか?

「まず前提として、広告事業では2つのDMP、『Salesforce DMP(Kruxより名称変更))と、『AudienceOne』を使っています。2つの条件を満たすためにそうしました。1つは海外広告主への販売やデータの精度向上に必要なツールも米国系が多いのでグローバルな対応性、もう1つは広告主様のデータを我々のデータと楽に紐付けて可視化するための利用企業数の多さです。

加えて、当社は15年に経済紙の英フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収しましたが、そのFTでも『Krux』を利用していて、グループシナジーも見込めることも当社DMPの1つとして『Krux』を選んだ理由の1つでした。ご質問に戻って、運用の役割分担でいうと、データ分析作業については社内ではなく、それぞれのDMPベンダーの方に委託しています。

私のチームメンバーに力を発揮してもらうべきなのは、分析軸の提示やデータの用途開発でセールス部隊、ひいてはお取引先を支援することだと考えています。レポートは定型で出しているものと、カスタムで出しているものの両方があります。広告主様の業種などによって求められる分析結果が異なるので、最初は定型レポートの項目やフォーマットを決めるのが難しかったですね。

DMPを使えば、分析軸はほぼ無限ですし、当然ですが、広告主のご担当者様はいろいろ知りたがります。しかし、今後の施策に生かす、という視点で本当に知りたいこと、知って意味のあることとは何なのかを整理していただくようにお願いしています。そういう意味でも、あらかじめサービスレベルをきちんと規定しておくことが大切だと感じています」

──営業の方々の説明する力も必要になってきますね。

「私のチームでも、お客様のご要望にきちんと対応できる人材は限られます。社内外のデータだけでなく、DMPそのものに対する深い理解に加え、広告主様のビジネスに対する想像力も必要になりますしね。営業部隊で日経データの優位性について余すところなく説明できる人材もまだまだ必要です。

もちろん、理解を深め、大型案件を受注、継続している担当者も増えているので、そういう人材を少しずつでも育てていく勉強会や外部研修などの環境づくりが重要です。今の日経のポジションも先輩方の努力の積み重ねと教えがあって、ここまで来られたわけですから、そのバトンを繋いでいくためのコア人材を複数見つけ、いろいろな経験を通じて、育てていかなくてはならないと思っています。もちろん、メディアビジネスを正しくやりたい外部人材の参加も大歓迎です」


データを核とした複数メディアの連携が
新たな価値を生む

消費者ニーズに最適化した広告配信の実現について

──今回、セールスフォース・ドットコムと組んで、One to oneマーケティングの広告配信サービスを行うことになった経緯を教えてください。

「広告主様のマーケティング活動の高度化に対応するのが目的です。去年の秋に、ユーザーひとりひとりの嗜好性やニーズ、購買傾向を把握したOne to oneマーケティングを実現する広告配信サービスについての構想を発表しました。広告主様のMA(マーケティングオートメーション)ツール、『Salesforce Marketing Cloud』と日経のプライベートDMP、

『Salesforce DMP』の連携で、サービス提供に向けて調整しています。これにより、日経読者の中で広告主の製品やサービスに関心を持っている人に、最適な提案に繋がる広告を、最適なタイミングで配信することができます。他のMAツールや計測ツールとの連携も検討中です。

広告主様のマーケティング活動に、日経のデータはこれからも必要だと感じ続けていただけるように、今あるものでブラッシュアップすべきものもありますし、追加するものもあると思います。これはツールだけでなくデータそのものにも当てはまります」

──パブリッシャーはどのような考え方でDMPを活用するべきだと思いますか?

「自分たちのデータを組み合わせ、重ね合わせるだけではなく、外部のパブリッシャーとも連携するためにDMPを活用すべきだと考えています。自分たちだけではスケールしないニッチなセグメントでも、似たユーザーを抱える複数社がデータを持ち寄ることで、ちゃんと利益が見込めるビジネスにできる可能性を秘めています。

つまり、ライバル関係にあるかもしれませんが、協働できるところもあるのです。我々にとって、ダイヤモンドやプレジデント、東洋経済などはライバルではありますが、プログラマティック広告を含むデータ活用の領域ではライバル意識はなく、むしろデータと広告在庫を融通し合う、同じ長屋の住人くらいに思っています」

──そのためにはパブリッシャーが業界全体で、より密接に意思疎通をとっていく必要がありますね。

「私は一次コンテンツの制作を主とするパブリッシャー各社の収益向上を目的に発足した『パブリッシャー・マネタイゼーション研究会』の幹事をさせていただいています。この団体はデータ活用やプログラマティックへの向き合いなど、広告を中心とするリテラシー向上のため、定期的にセミナーや勉強会を開いているのですが、この2年くらい、

その場でもずっと同じことを訴えています。パブリッシャーごとにコンテンツと世界観、それを支持する読者が違うので、各社とも価値の出し方が全く異なります。DMPの理解が進めば進むほど、広告主様が高い価値を感じてくれるセグメントを名寄せして、より大きな塊にしていくことで、収益向上に繋がることに、気付いてもらえると思います。

長屋の住人の中には火事に強い人がいたり、洪水に強かったり、またはコミュニティで尊敬されていたりと、いろいろな特徴を持った人たちがいます。パブリッシャーもまた、その時々の案件に合わせて、うまく協力し合える関係性を築くことが大切。データと広告在庫を統合できるテクノロジーを自由に使える今の世の中では、メディアも巨大プラットフォーマーを意識して、他のメディアとは競争と協働のフィールドを使い分けるべきだと思います」

日経読者の意外な一面とパブリッシャーのこれから

──ビジネス分野以外でのパブリッシャーとの協業について具体的なアイディアはありますか?

「意外かもしれませんが、日経の読者の多くが体育会系だったり、自分ではプレイしなくても、スポーツを観戦するのが好きだったりします。我々の読者がスポーツ好きな理由は、負けず嫌いな方々が多い、ということもありますが、特にサッカーやラグビー、アメフトなどのチームスポーツにおいては、状況に応じた戦略・戦術が勝負の帰趨を決めるからだと考えています。

このような組織運営や人材マネジメント、ポジショニングみたいな話はビジネスそのものです。ということは、例えば文藝春秋の『Sports Graphic Number』の記事なんかは、日経読者にも非常に刺さるし、すでに読んでおられるのではないかと思うんです。データを共有することで、パブリッシャー間で重複している読者とそうでない読者のグループを可視化し、それぞれのグループに合ったメッセージを広告主様と相談することができます。

そうやってパブリッシャー同士の組み合わせを考えていくと、意外に思える共通項も見えてくるのが面白いんですよね。しかも今はそのアイディアを具体化できる時代だと思っています。

メディアがこれからも生きていくためには、『一見さん』だけでなく、自社の『顧客』だと言える読者を何人抱えているか。

そして数だけではなく、その顧客がどんな人たちか、どんなことが好きで、最近は何に関心があるのかまで含めて把握しておくことが必要不可欠だと思います。そのうえで、広告主様のお役に立てるよう、外部パブリッシャーのデータと広告枠の組み合わせも考え、提供することで価値を認めていただけるのではないでしょうか。そのために今、DMPを活用するのが求められているんですよね」

関連記事