【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】放漫のストリーミング業界が緊縮に急転換。その理由とは?

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】放漫のストリーミング業界が緊縮に急転換。その理由とは?

過去数年にわたり、動画配信サービスの覇権争いはエスカレートしてきた。

新興Netflixの成功を目の当たりにして、動画配信サービスに腰が重かった複合メディア企業も追撃を開始。ディズニーはDisney+、ワーナーはHBO Max、NBCユニバーサルはPeacock、パラマウントはParamount+を立ちあげた。成功の鍵は会員加入を促すオリジナルコンテンツであることから、それぞれ持ち前のIP(知的財産)や人気クリエイターとのコネクションを活かし、巨額の予算を投じてきた。

その一方、トップランナーのNetflixもコンテンツ予算を倍増させていく。2016年には60億ドル程度だった予算が、2021年には170億ドルにまで引き上げられた。その結果、毎週、新作映画が配信されるまでになったのだ。


しかし最近、その動きに急ブレーキがかかっている。

象徴的なのは、J・J・エイブラムス監督が企画・制作総指揮を手がける注目のテレビドラマ「Demimonde(原題)」をHBOがボツにしたことだ。

エイブラムスといえば、「スター・ウォーズ」や「スター・トレック」など、超大作SF映画の監督としての印象が強いかもしれないが、もともとはテレビドラマのクリエイターである。「フェリシティの青春」でデビューを飾り、その後、「エイリアス」や「LOST」などのヒットドラマを生み出した。

「エイリアス」に感激したトム・クルーズに引き抜かれ、「ミッション:インポッシブル3」で映画監督デビューを飾る。その後は、「スター・トレック」「スター・ウォーズ」など既存のフランチャイズのリブートを次々と成功させた。

そんな彼も「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」をもって、"リブート屋"の引退を表明。既存のIPに頼るのではなく、自らIPを生み出したいと語っていた。そんな彼が満を持して発表する新ドラマが「Demimonde(原題)」だった。数多くのテレビドラマをプロデュースしているエイブラムスだが、企画に携わったのは「FRINGE/フリンジ」以来である。


ちなみに「Demimonde(原題)」は、科学実験によって夫と娘から引き離されたヒロインのオリーブ・リードが、異世界に迷い込んだ家族と再会するために陰謀を解き明かしていくストーリーだという。ヒロイン役には、「ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野」のダニエル・デッドワイラーが起用されており、2018年に制作のゴーサインが出ていた。

だが、本作は少なくともHBOでは作られなくなった。直接的な理由は親会社が変わったためだ。今年、HBOの親会社ワーナーメディアが米メディア企業のディスカバリーと統合し、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーとなった。同社は巨額の負債を抱えていることから、コストカットが命題となっており、1シーズンあたり2億ドルと言われる高額製作費を必要とする「Demimonde(原題)」はその犠牲となったのだ。

さらに、HBO Maxはヨーロッパでのローカルコンテンツの制作を、一部を除いて中止にしている。


だが、コストカットはワーナー・ブラザース・ディスカバリーだけの話ではない。

Peacockは、ケビン・コスナー主演の感動作「フィールド・オブ・ドリームス」のテレビドラマ版の制作を進めていたが、急遽中止に。各ネットワーク局も相次いでテレビドラマの予算を削減している。

すべてのきっかけは、今年4月にNetflixが会員減を発表したことだ。株価が急落し、市場価値が激減。Netflixはリストラや注目作品の製作中止などを断行している。

その影響はNetflixのライバルにも波及する。本来であれば、このチャンスを利用してコンテンツを大量に作り、一気に差を縮めるべきだ。先頭ランナーが躓いてくれるなんて、そうあることではない。だが、後続ランナーたちは揃ってペースを落とした。コンテンツに投資すればするほど会員数が伸びるという"Netflix神話"が崩壊したからだ。


魅力的なオリジナルコンテンツを生み出すためには、ヒットメーカーが必要だ。そこで、Netflixは「glee/グリー」、「アメリカン・ホラー・ストーリー」のライアン・マーフィーと3億ドル、「グレイズ・アナトミー」、「スキャンダル 託された秘密」のションダ・ライムズと1億ドルという巨額契約を締結した。

その後、ヒットメーカー、エイブラムスの制作会社バッド・ロボット・プロダクションズとの契約をめぐり、ハリウッドで争奪戦が勃発。ワーナー・ブラザース・ディスカバリーの前身であるワーナーメディアが2億5000万ドルでオーバーオール契約*を締結。その後、バッド・ロボット・プロダクションズはワーナーのために映画やテレビドラマの企画を複数立ち上げ、開発を行っていた。その中でも「Demimonde(原題)」は最注目プロジェクトだった。

エイブラムスがワーナーメディアとオーバーオール契約を結んだのは、2019年だ。わずか3年余りで、コンテンツクリエイターを取り巻く環境がここまで変わると誰に想像できただろうか。

*オーバーオール契約=契約中に生み出されたクリエイターや製作会社の企画を、特定の配給会社が所有する独占包括契約。


映画「フィールド・オブ・ドリームス」は、「それを作れば彼が来る(If you built it, he will come.)」という天の声を聞いた農夫(ケビン・コスナー)がトウモロコシ畑を潰して、野球場を作るというストーリーだ。周囲の反対を押しきり、無謀な行為を貫いた主人公は、最後には報われることになる。だが、これはフィクションだ。

Netflixとその追従者たちは「コンテンツを作れば会員が増える」と信じて、湯水のごとく金をばらまいてきた。だが、その無敵神話が崩壊し、景気後退の足音が確実に聞こえる今、各社は方針転換を迫られているのだ。


<了>

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