【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】ピンチをチャンスに変えた、ライアン・レイノルズの危機対応能力

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】ピンチをチャンスに変えた、ライアン・レイノルズの危機対応能力

いきなりだが、あなたが健康器具メーカーの営業担当になったと仮定してほしい。コロナ禍による巣ごもり現象で、会社イチ押しの高級エクササイズバイクの売り上げが急上昇。だが、コロナ後が見えてきたいま、今後の営業方針についてテコ入れの必要性をひしひしと感じている。限られた広告予算をどこでどう投じるべきなのか?費用対効果を考えながら、あれこれ検討していることだろう。

そんなとき突如おいしい話が降ってくる。あるドラマの劇中で自社製品を使用したいという。しかも、それは過去に社会現象を巻き起こした大人気ドラマの続編なのだ。全世界待望の映像コンテンツで使ってもらえるなら、これ以上の宣伝はない。かくして、喜んで製品を提供することになる。


以上のことは、アメリカのPeloton社という高級エクササイズバイクメーカーが実際に体験したことだ。彼らは「セックス・アンド・ザ・シティ」の続編ドラマ「And Just Like That...(原題)」に自社製品と公認インストラクターを喜んで提供した。だが、彼らを待ち受けていたのは悪夢だった。

12月9日、「And Just Like That...(原題)」の最初の2話が米動画配信サービスのHBO Maxで配信されると、同社の株価は大幅ダウン。前日(8日)の終値が45ドル91セントだったのが、翌日(10日)には始値が39ドル85セントまで下がったのだ。

原因は、劇中でのPeloton社製品の扱われ方にある。


*以下、ネタバレになるので、ご注意ください*



なんと第1話のラストで、ヒロイン・キャリーの夫ミスター・ビッグ(クリス・ノース)がPeloton社のエクササイズバイクで運動をしたあとに、心臓発作で死亡してしまうのだ。

Peloton社製品での運動は心臓発作を招く──。「And Just Like That...(原題)」での演出によってそうしたイメージが広まることを危惧した株主たちが一斉に売りに出たため、株価が急降下したのだ。


劇中でどのように使われるか知らされていなかったというPeloton社は、直後からダメージコントロールに取りかかった。

同社と関係の深い医師は、ミスター・ビッグの死因はPeloton社のエクササイズバイクによる運動が原因ではなく、飲酒や喫煙などの奔放なライフスタイルにあると、主要メディアに向けた声明を発表。

「Peloton社のエクササイズバイクでの運動は、心臓発作の発症を遅らせていたかもしれません」

架空のキャラクターをあたかも実在する人物のように扱ったユーモラスな文章ながら、有酸素運動が身体にもたらすメリットを医学的に説明したものだった。


だが、Peloton社の対応はここで終わらない。12月12日、同社は「He's alive」と題した新CMを発表。

なんとミスター・ビッグが生きており、相変わらずPeloton社のエクササイズバイクで運動を楽しんでいることをほのめかす内容となっている。

※https://www.youtube.com/watch?v=yX7DuSxnWpg(※この動画は非公開設定)


ドラマと同様、クリス・ノースがミスター・ビッグを演じているほか、人気俳優のライアン・レイノルズがナレーションで参加。

「こんな感じで、定期的なサイクリングが心臓、肺、血流を刺激・改善し、心血管疾患のリスクを軽減することを世界中に知らしめてくれました。サイクリングは心臓の筋肉を強化し、安静時の脈拍を下げ、血中脂肪レベルを低下させるのです。彼は生きてますよ」

このCMは「And Just Like That...(原題)」が引き起こしたトラブルの火消しになっただけでなく、SNS上でも大きな話題をさらうことになった。結果的には、ピンチをチャンスに変えることに成功したのだ。


このCMを考案したのは、ナレーターを務めているライアン・レイノルズだ。

彼はマキシマム・エフォートという広告会社を持ち、自身が事業に関わっている携帯会社「ミントモバイル」や、ジン・メーカー「アビエーション・ジン」などの宣伝キャンペーンを行っていることで知られている。

実は、ライアン・レイノルズとPeloton社には繋がりがある。

2019年、Peloton社が発表したクリスマスCMが炎上したことがある。夫が妻のためにPeloton社のエクササイズバイクをプレゼントするという一見ありきたりの内容だが、女性にいつまでも細い体でいることを強要していると、批判を浴びた(このときも株価が急落した)。

※https://www.youtube.com/watch?v=ijof8uw4OHs

すると、レイノルズは自身が所有するアビエーション・ジンのCMで、Peloton社のCMをパロディ化。Peloton社のCMに出演していた女優を起用し、彼女が夫のいないところで女友達と深酒をする、という内容になっている。

※https://www.youtube.com/watch?v=H2t7lknrK28


レイノルズと彼のマキシマム・エフォートは、鋭いユーモアと機動力が武器だ。

今回、Peloton社は、「And Just Like That...(原題)」がもたらした危機に対応するために、かつて自分たちを笑い者にしたマキシマム・エフォートに助けを求めた。そして、彼らは見事に期待に応えた。このCMは、構想から完成までわずか48時間で作られたという。

今回の騒動は、企業が不祥事などの危機に見舞われたときのスピンコントロール(情報操作)のやり方として、参考になるかもしれない。


<了>

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