【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】原作者軽視が発覚。快進撃マーベルの死角とは

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】原作者軽視が発覚。快進撃マーベルの死角とは

今となっては信じられないかもしれないが、アメリカン・コミックス(以下アメコミ)原作の映画のヒットが約束されていない時代がしばらくあった。

リチャード・ドナー監督の「スーパーマン」('78)をきっかけに、ハリウッドはアメコミ原作の実写映画化に着手することになるのだが、ティム・バートン監督の「バットマン」('89)や「バットマン リターンズ」('92)は社会現象になるほどのヒットを記録したものの、その陰で「スーパーガール」('84)、「ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀」('86)、「タンク・ガール」('95)、「バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲」('97)が撃沈。当時のアメコミ原作映画は当たり外れが大きい"高リスク案件"だったのである。


ヒットの確率がぐっとアップしたのは、「X-MEN」('00)以降だ。CG技術の発達でアメコミ特有の超常現象を現実的に再現できるようになったことや、荒唐無稽な物語設定とリアリティとのバランスの確立、そしてDVDの普及により気軽に家庭で映画鑑賞が可能になったため、映画館では大スクリーンに見合った超大作映画が歓迎されるようになったこと、などが関係していると思われる。

それでも、「キャットウーマン」('04)や「ファンタスティック・フォー」('15)といった大ヒットと呼ぶに及ばない作品も生まれているが、マーベル・スタジオ作品は違った。初の自社制作作品「アイアンマン」('08)以降、一定のクオリティを維持した作品をコンスタントに発表。

しかも、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)と呼ばれる共通の物語世界でそれぞれの作品が数珠つなぎとなっているため、相乗効果が生まれた。その結果、MCUの世界累計興収は2020年までに222億ドルに到達。これは、「スター・ウォーズ」や「007」、「ハリー・ポッター」といった大ヒットシリーズの累計興収をはるかにしのぐ。

しかも、今はディズニーの動画配信サービス「Disney+」向けにオリジナルドラマも並行して制作しており、MCUは拡大・拡張を続けている。


マーベル・スタジオがここまでの成功を収めることができた理由のひとつに、司令塔ケヴィン・ファイギの存在がある。「スーパーマン」を手掛けたリチャード・ドナー監督の制作会社で研鑽けんさんを積んだ彼は、アメコミと映画の両方に精通した希有なプロデューサーである。新進の映画作家の適性を見抜く鑑識眼や、原作を生かしながら映画として完成度の高いストーリーをまとめ上げる能力は、他の追随を許さない。

ライバルのDCコミックス(ワーナー・ブラザーズ)がマーベルに及ばないのは、ファイギに匹敵する存在がいないからだ。


マーベル快進撃のもうひとつの要因は、マーベル・コミックスの豊富なライブラリーだ。マーベル・コミックスは、前進のタイムリー・コミックス、アトラス・コミックスを合わせると80年以上の歴史を誇る。そこには、スーパーヒーローたちを主人公としたありとあらゆる物語が紡がれており、マーベル・スタジオの重役によると、6000人以上のスーパーヒーローが存在するという。

通常の実写映画の場合、すでに完成台本がある場合でも、プリプロダクション(撮影前の準備作業)から劇場公開まで1年半ほどかかる。映画制作においてもっとも時間がかかるのは、完成台本を仕上げるまでの「企画開発」期間で、ハリウッドでは5年や10年かかることも珍しくない。

だがマーベルの場合、すでに大量の原作が存在しているため、脚本家や監督に原作のなかから映画化したい物語をプレゼンさせて、気に入ったものにゴーサインを出せばいい。企画開発につきものの試行錯誤や紆余曲折を最小限に抑えることができるのだ。かくして大量の作品をコンスタントに生み出すことができる。


「向かうところ敵なし」といったマーベル・スタジオだが、実は今、原作者に対する不当ともいえる扱いが批判を浴びている。

マーベルやDCコミックスといった大手出版社で仕事をする際、作家は職務著作(work for hire)という業務形態をとる。作家が生み出す絵や物語は雇用主である出版社が著作権を有することになり、その対価として作家は買い取り料金と印税を受け取ることになる。

コミック業界で働く作家にとって、これは当たり前のことだった。だが、アメコミを原作とした映像作品が何十億ドルもの収益を上げるようになると、原作者たちは不満を抱くようになる。なにしろ、映画に採用されたキャラクターやストーリーを考案したにもかかわらず、「職務著作」で著作権を放棄してしまっているため、1セントも手にすることができないからだ。


たとえば、エド・ブルベイカーという作家がいる。彼はスティーブ・エプティングと共同で、2004年から2012年までマーベル・コミックスの「キャプテン・アメリカ」を執筆した。その際、かつて死亡した主人公の親友バッキー・バーンズを、宿敵ウィンター・ソルジャーとして登場させ、大きな人気を博した。

マーベル・スタジオは2014年公開映画「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」において、ウィンター・ソルジャーというキャラクターを大々的にフィーチャーし、その後「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」('16)、「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」('18)、「アベンジャーズ/エンドゲーム」('19)にも登場させている。さらに、Disney+向けのドラマ「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」では、主人公のひとりとなった。


エド・ブルベイカーは、ウィンター・ソルジャーというキャラクターの生みの親だ。だがいずれのマーベル映画でも、彼の名前はエンドクレジットの「サンクス」に載っているだけで、「原作」にも「脚本」にも掲載されていない。その心境について、ブルベイカーは自身のメールマガジンで以下のように綴っている。

「私は作家として素晴らしいキャリアを築いており、それはキャプテン・アメリカとウィンター・ソルジャーを手がけたことにより、他の作品にも注目してもらえるようになったためです。ですが、映画のコメントを求めるメールで受信箱が一杯になるたびに、すこし嫌な気分になることは否定できません」

こうした批判を受けて、マーベルの親会社ディズニーは原作者に報酬を払うようになった。だが、英ガーディアン紙の調査によると、一律5000ドルのみだという。マーベル映画といえば、1作あたり世界総興収10億ドルを超えることも珍しくないだけに、原作者に対するディズニーの渋い対応は批判を浴びている。クリエイター離れが起きれば、マーベル帝国に陰りが出るかもしれない。


(※)https://www.theguardian.com/books/2021/aug/09/marvel-and-dc-face-backlash-over-pay-they-sent-a-thank-you-note-and-5000-the-movie-made-1bn


<了>

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