【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】"ハイブリッド展開"に暗雲? 「ブラック・ウィドウ」が公開2週目で興行急降下

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】

7月9日、ディズニーのマーベル・スタジオ最新作「ブラック・ウィドウ」が北米で封切られ、8000万ドルという今年最高のオープニング興収を記録した。

アメリカとカナダの大半の劇場は、新型コロナウイルスの影響で1年近くに渡って閉鎖。営業再開後、映画業界はしばらく注目作がない状態が続いていたが、5月公開の「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」が4754万ドル、6月公開の「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」が7004万ドルと、オープニング興収の記録更新が続いている。


マーベル作品で「オープニング興収8000万ドル」というと、3億5711万ドルでデビューを飾った「アベンジャーズ/エンドゲーム」のような作品と比較すると見劣りするが、コロナ前に公開された「アントマン&ワスプ」が7581万ドル、「ドクター・ストレンジ」が8505万ドルだったことから、"非"アベンジャーズ作品としてはまずまずの成績と言えよう。

おまけに「ブラック・ウィドウ」はウォルト・ディズニーの動画配信サービスDisney+(ディズニープラス)を通じて、7月9日に世界配信を同時にスタートしている。「ブラック・ウィドウ」を視聴するためには、プレミア アクセス料金(29ドル99セント)を追加で支払う必要があるにもかかわらず、配信開始からわずか3日間の総世界収益が6000万ドルに達したとディズニーは発表。「ブラック・ウィドウ」はストリーミング配信でも大ヒットを記録していた。


このようにコロナ禍において、大作映画を劇場とストリーミングの"ハイブリッド"で展開するのは一見、理にかなっている。

今年5月、米疾病対策センターはワクチン接種完了者に対しマスク着用の義務を原則解除。映画ファンの多くは、家族や恋人、友達と一緒に大画面・大音響で物語に没頭する映画体験を待ち望んでいる。その一方で、ワクチン接種を完了しても、映画館に行くことに抵抗を感じている人も一定数いる。特に、まだ接種を受けられない11歳以下の子供を持つファミリー層がそうだ。


公開前の映画作品を抱えるスタジオにとって最も安全なのは、映画の公開をコロナが完全に落ち着くまで先延ばしすることだ。だが、公開しなければ収入はないし、昨年3月の新型コロナウイルス感染拡大から次々と公開延期にしているので、完成作をかなり抱えて込んでしまっている。

このような背景から、ディズニーは「ブラック・ウィドウ」のハイブリッド展開に踏み切った。そして、オープニング週の大成功は、ディズニーの目論見が正しかったことを表向きには証明した。

だが、公開2週目で事態が急変する。週末の興行収入が前週比67%ダウンの2625万ドルとなり、マーベル作品史上最低を記録したのだ。Disney+のプレミア アクセスに観客が殺到したため、という可能性はなくはないが、ディズニーが公開2週目のプレミア アクセスの収入を公開していないところをみると、どうやら芳しくなさそうだ。

「ブラック・ウィドウ」は批評家からの評価が高いため、ネガティブな評価が広まったためという理由は考えづらい。


では果たして一体何が起きたのか?

理由のひとつとして、海賊版の影響が挙げられている。

ファイル共有に関する米情報サイトTorrentFreakによると、7月9日以降「ブラック・ウィドウ」は最も違法視聴されている映画となっている。どれだけ対策を講じたとしても、一度インターネット上で違法に公開された映画の複製を阻止するのはほぼ不可能だ。実際、数多くの違法サイトが海賊版「ブラック・ウィドウ」を配信しているという。つまり「ブラック・ウィドウ」は劇場とDisney+のみならず、無数の違法サイトでも公開されてしまっているのだ。

「ブラック・ウィドウ」を家庭で視聴したいと思ったユーザーが、Disney+のプレミア アクセスに29ドル99セントを払うよりも、無料提供している違法サイトでの視聴を選んだとしても不思議ではない。また、これらのサイトは公式写真を用いてページを作成しているので、ユーザーが違法であることに気づかないケースもありそうだ。


では、どうすべきか? その答えは「シアトリカル・ウィンドウ」を遵守することだ、と全米劇場所有者協会(NATO)は主張する。NATOとは映画館関係者で構成される強力なロビー団体だ。

ちなみに「シアトリカル・ウィンドウ」とは、新作映画を劇場公開してからDVDの発売やデジタル配信を開始するまで期間である。もともとは約3ヵ月と決まっていたが、新型コロナウイルスの感染拡大による劇場閉鎖で立場が弱くなった劇場側の隙を突いて、スタジオ側がさまざまな公開パターンを模索してきた。ハイブリッド展開もその1つである。

「ブラック・ウィドウ」が2週目の週末の興行収入において見事に崩壊したことを受けて、NATOは声明を発表した。

「プレミア アクセスからの収入は新たな収入源ではなく、通常、劇場公開後に行うPVOD配信からのものであり、すでに実施してしまったのでこれ以上期待することはできない。減少した劇場興収と、従来のPVOD配信からの収入がなくなったことを合わせると、ハイブリッドの同時上映を実施したディズニーは視聴者から得られる収益を損なっていることになる」(※)

もしディズニーが「ブラック・ウィドウ」の公開にあたり、「シアトリカル・ウィンドウ」を遵守していたら、オープニング興収は9200万ドル~1億ドルになっていただろうとNATOは考えている。


「海賊版が『ブラック・ウィドウ』の成績にさらに影響を与えたことは言うまでもなく、まだ公開されていない世界市場での成績にも影響を与えていくことでしょう」(※)

そのうえで、従来の公開パターンへの回帰をNATOは求めている。

なお、ディズニーはドウェイン・ジョンソン、エミリー・ブラント共演の「ジャングル・クルーズ」(7月30日公開)に関しても「ブラック・ウィドウ」と同様のハイブリッド形式での展開を用意している。NATOの指摘が正しいかどうかは、本作の成績で明らかになりそうだ。


(※)https://variety.com/2021/film/news/movie-theater-owners-black-widow-disney-plus-1235022524/


<了>

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