【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】中国が傑作「ノマドランド」に手のひら返しした理由とは

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】中国が傑作「ノマドランド」に手のひら返しした理由とは



毎年この時期になると、洋画の宣伝文句として「アカデミー賞最有力!」の文字が躍る。

常識的に考えれば最有力の作品が複数あるわけがないのだが、アカデミー賞授賞式が行われるまでは、誰にも結果は分からない。つまり、言ったもの勝ち状態なのだ。配給各社は人々の期待をありったけ煽り、アカデミー賞発表までの短い期間に可能な限り多くの観客を動員しようとするのだ。


ただし、それまでの賞レースの流れを見ている映画業界関係者には、アカデミー賞の本命は見えている。

映画業界関係者が考える今年の本命、つまり、“本当の”アカデミー賞最有力作品は「ノマドランド」だ。

ベネチア国際映画祭で金獅子賞、トロント国際映画賞で観客賞とそれぞれ最高賞を受賞しているうえに、先日、ゴールデングローブ賞でも作品賞(ドラマ部門)を受賞している。

アカデミー賞投票日までの間に余程のこと、例えば、出演者の不祥事が発覚したり、他のノミネート作品が奇跡的な追い上げをみせるなどが起きない限り、作品賞は間違いないだろう。作品賞の他にも監督賞や脚色賞、撮影賞、主演女優賞などを受賞する可能性もある。


「ノマドランド」は、不況で自宅を失った60代の女性が、キャンピングカーで季節労働の現場を渡り歩きながら、ノマド(遊牧民)生活をすることになるロードムービーだ。

安住の地を求めて旅をするという、アメリカ西部劇の伝統を引き継ぎつつ、格差社会や雇用問題など、現在のアメリカが抱えるさまざまな社会問題を内包している。だが、説教臭さやお涙頂戴の要素はなく、壮大でメランコリックな映像美で詩的に綴られていく。他のノミネート作を凌駕する独創的な作品となっている。


脚本・監督を務めたのは、中国・北京出身のクロエ・ジャオだ。英ロンドンの高校に留学し、米マサチューセッツ州の大学で政治学を学んだのち、名門ニューヨーク大学(NYU)大学院で映画制作を学んだという異色のキャリアの持ち主だ。

インディペンデント映画として制作した監督第2弾「ザ・ライダー」が、「ファーゴ」や「スリー・ビルボード」などの作品で知られるオスカー女優フランシス・マクドーマンドの目に留まり、さらに彼女が映画化権を獲得していた「ノマドランド」の監督に抜擢されることになった。

登場人物への優しい眼差しと、詩的な映像世界は業界内で早くから話題となり、マーベル・スタジオはアンジェリーナ・ジョリーらが出演する超大作「エターナルズ」の監督に抜擢。今最も勢いに乗っている映画監督である。


先日のゴールデングローブ賞において、作品賞のみならず監督賞をも受賞したことをきっかけに、クロエ・ジャオ監督の名は世界に知れ渡ることになった。

女性、しかも中国出身の映画監督とあって、中国のメディアはすぐに飛びついた。Global Times誌は「中国の誇り!中国のネット民が、中国人として初のゴールデングローブ賞監督賞を受賞のクロエ・ジャオ監督を祝福」と題した記事を掲載している。(※1)

この記事によると、中国版ツイッターのWeiboにおいて、“ジャオ監督のゴールデングローブ賞受賞”のハッシュタグは、ゴールデングローブ賞監督賞を受賞した翌日の午後の時点で2億1000万回閲覧されたという。


だが、それから1週間も経たないうちに、Weiboにおいて「ノマドランド」というワードや同作の公開日の検索が出来なくなった。

ジャオ監督が母国に対して、過去にネガティブな発言をしていることが明らかになったためだ。

2013年、米FILMMAKERのインタビューにおいて、デビュー作「Songs My Brothers Taught Me(原題)」のインスピレーションについて訊かれたジャオ監督は、「10代の頃の、中国にいたときに遡ります」と返答。「私はいたるところに嘘がある場所にいました。一生抜け出せないような気がしていました。若い頃に受け取った情報のほとんどは真実ではなく、私は家族や自分の生い立ちに対して反抗的になったんです」(※2)

ジャオ監督が中国に対して否定的なコメントをしていることを発見した中国のネット民たちは、「ノマドランド」のボイコット運動を展開している。


ストーリー展開がゆったりとしていて詩的な「ノマドランド」は、アクション大作を好む中国の観客に向いているとは言いがたい。そのため、たとえ中国での公開が中止となったとしても、米配給会社のサーチライト・ピクチャーズと、その親会社であるウォルト・ディズニー社にとって大きな損害にはならないだろう。

だが、ボイコット運動がジャオ監督の次作「エターナルズ」にまで及ぶと大問題だ。「エターナルズ」は、ウォルト・ディズニー傘下のマーベル・スタジオが手がけるアクション超大作で、世界トップレベルの規模を誇る中国市場を無視することはできない。

中国では、外国映画の検閲は中央政府が行っているが、中国のネット民によるボイコット運動の影響を受ける可能性は十分ある。


ディズニーといえば、昨年公開した実写版「ムーラン」でも、中国絡みのトラブルを経験したばかりだ。物語の題材が中国に古くから伝わる伝説であることもあって、中国市場を意識したディズニーは中国に最大限の配慮を払った。

キャストにはヒロイン“ムーラン”を演じるリウ・イーフェイをはじめ、ジェット・リー、コン・リー、ドニー・イェンなどの中国俳優を起用。また、軽快なミュージカル映画だったアニメ版「ムーラン」を、シリアスなアクション映画に転換したのも、中国観客の嗜好に合わせた結果だと言われている。


だが、香港の民主化デモに関して、主演のリウ・イーフェイがWeiboに香港警察を支持する投稿をしたことがきっかけで、香港、台湾、タイの民主派活動化たちが「ムーラン」に対してボイコット運動を展開。また、エンドクレジットに「Special Thanks」として中国の新疆ウイグル自治区政府機関の名前が掲載されていたことも、中国による少数民族の弾圧を支援しているとして、ディズニーは非難を浴びた。

さらに、中国当局はウイグル問題への指摘を恐れて、国内で「ムーラン」に関する報道を規制。その結果、「ムーラン」が十分に告知されなかったために、ヒットには至らなかった。中国に配慮した結果、諸外国のみならず、中国からもそっぽを向かれたのである。


今回の「ノマドランド」へのバッシングは、中国が大きな“うまみ”をもった巨大市場であると同時に、“地雷原”であることをハリウッドに知らしめることになった。


(※1)https://www.globaltimes.cn/page/202103/1216918.shtml

(※2)https://web.archive.org/web/20201030224312/https://filmmakermagazine.com/people/chloe-zhao/

<了>

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