【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「ハミルトン」が切り開くライブ・キャプチャーの可能性

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「ハミルトン」が切り開くライブ・キャプチャーの可能性



「ウエスト・サイド物語」や「サウンド・オブ・ミュージック」の時代から、最近の「レ・ミゼラブル」や「マンマ・ミーア!」に至るまで、ハリウッドの映画界はブロードウェイ劇を題材にしてきた。

演劇を映画に移植する場合、ストーリーや人気曲などは維持しつつ、映画に変換する作業が必要となる。たとえば、演劇では大道具や照明によって作られている物語の舞台は、実際のロケーションに置き換えられるし、役者もぐっと抑えた演技が求められる。満員の観客席と、鼻先にあるカメラの前では、感情表現の仕方が変わって当たり前だ。演劇は限られた空間でライブ提供される芸術形態であるから、映画化の際には翻訳作業が必要となるのだ。


だが、先日、日本でも提供を開始したディズニーの新ストリーミングサービス「Disney+(ディズニープラス)」で配信された「ハミルトン」の大成功によって、舞台の映像化の形が変わるかもしれない。

「ハミルトン」とは、2015年にブロードウェイで開演したミュージカル劇で、アメリカ建国の父の1人であるアレクサンダー・ハミルトンの人生を題材に、主要な役柄を非白人が演じ、音楽もヒップホップやラップを導入するなど、斬新な作風で空前のヒットとなった。 2016年のトニー賞では作品賞を含む11部門を受賞し、もっともチケットが取りづらいミュージカル劇として話題を集めた。


さて、Disney+で7月3日から世界配信された「ハミルトン」は、アメリカで社会現象となったミュージカル劇の映画化なのだが、大胆に翻訳されたこれまでの映像化とは一線を画す。なんと、これは2016年の公演を撮影した“ライブ・キャプチャー”、いわゆるライブ動画なのだ。

演劇のライブ動画自体は珍しいものではない。有名なところでは、「ナショナル・シアター・ライブ」がイギリスの一流の舞台劇を提供している。今では、新型コロナウイルスの影響で、さまざまな舞台がライブ配信されている。

こうしたライブ動画は、通常の映画やドラマと比較して、どうしても退屈に映ってしまう欠点がある。劇場での観劇ならば、観客は好きなように視点を変えることができるし、圧倒的な臨場感を体感できる。モニターに映し出される記録映像では、到底太刀打ちできない。何十年も前から、ハリウッドが手間暇かけて舞台劇を翻訳してきたのには、しっかりとした根拠があるのだ。

だが、映画版「ハミルトン」は、アメリカで爆発的なヒットを記録している。ディズニーは再生回数の公表をしていないが、調査会社SensorTowerによると、「ハミルトン」の配信が開始となった7月3日から5日のあいだに、Disney+アプリのダウンロード数が100万回を突破。その前の週末よりも79%もアップしているというのだ(※)。


「ハミルトン」は確かに社会現象となったミュージカル劇だが、これは所詮ライブ動画だ。どうしてここまでのヒットとなっているのだろうか?実際にこの映画を観て、答えはすぐに分かった。カメラがダイナミックに動き、編集もこまめに切り替わる。まるで有名ミュージシャンのコンサート映像をみているようなのだ。

舞台版の演出に続けて、本作でメガホンを取ったトーマス・カイル監督は、コンサート映画のアプローチを採用した。モニター越しのライブ視聴は、現場での経験には到底敵わない。だが、カメラワークや編集によって、その差を縮めることはできる。実際、この映画のために3日間の公演が撮影され、カメラ13台、ポストプロダクションに1年近くが費やされているという(※)。


映画版「ハミルトン」が証明したのは、ライブ・キャプチャーの舞台劇でも、魅力的なコンテンツになり得るということだ。新型コロナウイルスの影響で、ブロードウェイの年内再開が絶望的といわれるなかで、演劇関係者は仕事にあぶれているし、ファンは観劇に飢えている。そんな彼らにとって「ハミルトン」が勇気を与える存在になっている。

ストリーミング配信サービスが増える一方で、いずれもコロナ禍によりコンテンツが不足しているなかで、人気舞台が次々ライブ・キャプチャー化されることもありそうだ。


(※)https://www.hollywoodreporter.com/news/why-live-capture-could-be-broadways-next-act-thanks-hamilton-1302108


<了>

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