データマーケティングが世の中に浸透し、メディア業界にもより精密なデータが求められるようになった。TBSラジオは、リスナーのログデータをリアルタイムで可視化する「リスナーファインダー」の開発・運用や、ラジオ365データの積極的活用など、“ラジオ×データ”の可能性に斬り込むリーディングカンパニーである。今回は、“売り”の中枢でデータと向き合う、アカウントプランニング部のお二人にお話を伺いました。
各々の経歴を経て、アカウントプランニング部の“プランナー”に
─まずはお二人のご経歴を聞かせてください。
原田 僕は入社してまだ半年です。新卒から16年間は、他のラジオ局にいました。最初の10年間は広告営業に、後の6年間は主にインターネット関連の新規事業に携わってきました。ざっくり言うと、音声のアドネットワークを作ってそこに広告を流していくような事業をやっていたのですが、2018年7月に全く別業界であるベンチャーに転職し、データマーケティング事業を立ち上げることになりました。ユーザーデータを元に、あらゆる収益化の方法を実践する仕事です。その過程で、自分が元々よく知っているラジオの世界とデータマーケティングを組み合わせたら面白くなる可能性があるのではないかと思うに至りました。同時期に、TBSラジオでも「データ活用をやっていこう」という動きが活発になっていて、ご縁あって入社させていただくことになりました。
─最初に転職されたとき、いずれラジオ業界に戻ろうと思っていたのですか?
原田 元々というよりは、出た後に「ラジオって面白いんだな」とあらためて思うようになりましたね。ゼロから作る楽しみもありますし、放送局ならではのアドバンテージもあります。きっとお金さえあれば、どこの会社でも同じ人をブッキングすることはできますが、だからと言って番組やライブを企画して成功させるだけの力量がどこでもあるのかというとそれは違いますよね。それがまさに放送局の強みで、出てみて余計に感じた部分です。思ったよりも早くご縁があり、ラジオ業界に戻ることになりました。
─それでは、小池さんのご経歴をお願いします。
小池 新卒で当時の(株)TBSラジオ&コミュニケーションズに入社しました。営業部に配属され、最初の1年くらいはスポットデスクとして線引きをしていました。その後6年くらい営業をやってから内勤のデスクに戻り、また6年ほどスポットデスクに就きました。インターネット事業推進部に異動したのが2017年7月です。そこではじめてデジタルのセクションに向き合い、2019年1月にタイムとスポット(タイムが主)の統括デスクとして営業推進部に戻ることになりました。その後の社内組織改変に伴って統括デスクを外れ、今の肩書きは原田と同様に“プランナー”となっています。
プランナーが担う二つの使命
─プランナーのお仕事の概要を教えてください。
原田 企画とインサイドセールスが業務の二本柱です。組織改変前の営業推進部は、タイムデスクとスポットデスク、トラフィックで構成されていました。しかし、既存のやり方ではうまくハマらない案件も増えてきて、タイムもスポットも従来の売り方に何らかの付加価値を付けていく必要があるという方針になったんです。一つは、裏づけとなるロジックを明示すること、もう一つはそのロジックをもとに新しい企画を作っていくこと。番組企画であるケースもあれば、他局でも主流となりつつあるweb連携企画にもニーズがあるので、そのあたりに斬り込んでいくのが企画の仕事です。
─アカウントプランニング部企画班の所属スタッフは何名ですか?
原田 私と小池のほか社員がもう一人と、派遣のデスクの方が一人の、計4名です。業務を明確に切り分けてはいませんが、プランニング(企画)は小池ともう1名の社員が主に担っています。営業経験が長いほうが進めやすいデータまわりの企画は小池がメインで、番組企画など制作調整がメインになるものに関しては、もう一人の社員がやるという感じです。私は、新しい企画に挑戦するとなった際に、その裏付けとなるロジックをシート化して明示したり、セールスの後方支援をしたり、ときには自分たちで広告会社にプレゼンをしに行くなど、現場の企画とロジックを当てはめていく工程を担当しています。
─もう一つのインサイドセールスの業務についてもお聞かせください。
原田 こちらはバックヤードの新たな業務です。弊社は広域で聴いていただけるだけに、クライアントさんも点在しています。エリアが広いので、新規営業をするにしても、各人がバラバラにやっていると効率も上がらないため、我々はWebを活用しながら、外部からの問合せに社内で対応しています。まずは我々を必要としてくれる方の情報を可視化し、そこに営業マンが行くというスタイルを構築すれば、営業効率はもっと上がるはず。そのために、外部サービスやweb、自社広告を活用しながら、リードを獲得する努力をしています。まだ道半ばではありますが、ビデオリサーチさんが提供してくださっている他局での広告出稿状況等も、営業がしっかり把握して動ける体制づくりをしています。弊社は外勤営業の人数が少ないので、ファーストコンタクトでより充実した商談ができるようにして、効率化していかなければなりません。
データの需要と「リスナーファインダー」
─営業で求められていることは変わってきましたか?
小池 データビジネス自体は以前から世の中にありましたが、デジタル化が激しく進展した10年くらい前からは、特に需要が高まってきました。しかし、僕が変化の潮目を体感として感じたのは2016年頃です。僕はその頃スポットデスクをやっていて、TBSラジオのスポットの数字自体はそれほど悪くありませんでした。ただ、それを支えていたのはフリーダイヤルを入れた広告で、きっとクライアントサイドは「広告を流して、何件の入電があって、そのうちのどれだけが成約に至ったか」というデータを持っていたと思いますが、放送局のなかでデスクをやっている身では、2014年頃までは全く分かりませんでした。我々もそのような細かいデータを知った上で行動することが求められるようになってきたのは、2015年~2016年くらいだと思います。
─2016年以降、御社内でもデータ関連の取り組みが活発化してきましたか?
小池 組織のなかに内在化していた取り組みはそれ以前もあったと思いますが、表に出てきたのは2017年度頃だと思います。 聴取率をもとにしたデータを積極的に活用していこうというところから始まって、最初に明確な形になったのが「リスナーファインダー」でしょう。リスナーファインダーとは、radikoを通じてTBSラジオを聞いているリスナーのログデータをリアルタイムに可視化するデータダッシュボードで、2019年1月に運用を開始しました。
─開発の背景等について少し詳しくお伺いできますか?
小池 2ヶ月に1度の聴取率調査では、制作者の実感としても、クライアントからの評価も、物足りなかったんです。2010年にradikoができてからは、ネット上での聴取状況が事細かに取れているだろうという認識があったので、「何かしら出せるようにしたい」という気持ちが皆のなかで大きくなって。2018年の夏くらいから具体的に検討を始めて、「リスナー動向研究プロジェクト」という辞令が出て、2019年冬にかけて議論していきました。開発は電通さんにご尽力いただきました。弊社ではインターネット事業推進部、制作編成、営業などから意見を集めて集約し、開発会社である電通さんに要望としてお伝えしました。それは今も続いています。
原田 リスナーファインダーはわかりやすくできているので、最初に見たときは率直に便利だなと思いました。データにもとづいた分析や議論ができるようになると、表向きには見えないかもしれませんが、ラジオの裏側は大きく変わっていくと思うんです。実際に、過去にラジオ番組のアプリを作ったときに、番組会議の進め方が変わったんですよ。たとえば聴取率が落ちている要因を探るとき、これまでだったら“勘”を持っている人の発言が主体で会議が進んでいたものが、アプリを入れると如実なデータが連日出てくるので、ロジカルな議論ができるようになりました。これは特に作り手においては、すごく良い意味のある変化だと思います。
“深度”をデータでどう示すか
─データ活用が進んだことで、営業面での変化は感じていますか?
小池 ラジオ局ができていなかっただけで、ほかの放送局やインターネット媒体では既にやっていたんだろうな、とは思うのですが。詳細なデータが活きた実例として、先日6月5日(水)のラジオ365データの画面を見せてプレゼンをする機会があったんです。この日は山里亮太さんが結婚会見をされた日で、山里さんの番組の数字が相当跳ね上がった状態になっていて、「ここは何?」と先方から問われたとき、明確な答えを提示することができました。今までの2ヶ月に1度の聴取データでは見えなかった部分が見えるようになったことで、会話の仕方が変わったと思います。今までは「すごく反響がありましたよ」としか言えなかったものが、ちゃんと「このような反響がありましたよ」と提示できるものができたというのは、非常に心強いです。
─これからの目標はいかがでしょうか?
小池 おそらく弊社の多くの社員が共通して持っている願望があるのですが、それは、「ラジオを聞いてこれだけの人が動きました、感動してくれました、こんなにたくさんの人がファンになってくれました」というような、人が動いたデータを出したいということです。放送局のなかで勤務して、ラジオを作ったり聞いたりしている我々は、「リスナーに愛されているな」という実感を持つことができます。その実感を広告主にも還元できるような状態にしたいんですよ。それができればもっときちんとPRできるはずだと思っているので、リスナーの反響を可視化できるようなデータを出すことをゴールに据えています。
─きっと顧客もリーチだけではなく深みを知りたいですよね。
原田 深みの部分を示す象徴になりそうなモデルがようやく増えてきました。まずはそのロジックを提示してから「ラジオをやりましょう」と提案をすると、話が進むケースが多くなっています。ラジオのエンゲージメントの深さって、意外と皆さんよく知っていらっしゃるんですよ。その強みを示せるデータが欲しい。一つのデータで示せるのか、いろんなロジックを足し合わせて示していくのか。いろんな調査会社にご協力をいただきながら、資料化しようと考えています。僕らもSNSのアカウントを見ながらエンゲージメント率を調べたりしていますが、本当にそれを番組ごと詳しく示せるようになったら、熱狂的な雰囲気を作り出す力があるこのラジオ業界で、どんどん活用していきたいです。音や映像といったフォーマットの話ではなくて、確固たるリピーターやファンを作りたいというときに役立ててもらえるデータを構築したいと思い、取り組んでいる最中です。
─営業分野でのデータ系企画だと、どこに鉱脈がありそうですか。
小池 「データを重視していこう」という会社の方針や世の中の流れと、僕がずっと営業マンとして苦労してきた部分が、同じ方向を向いてきたなと感じています。僕は長く営業に携わってきましたが、あんまり喋るのが得意じゃないんですよ。この体制は6月から始まったばかりなので、まだ“目標”の話になってしまいますが、営業トークの裏づけになるような信頼性の高いデータを出せるように、効果を可視化できる企画を作ってみたいです。