HOME メディア 「今この時代にどんなラジオが必要なのかを探していきたい。」コミュニティFM「渋谷のラジオ」開局で話題! 風とロック 箭内 道彦さん
2017.11.8

「今この時代にどんなラジオが必要なのかを探していきたい。」コミュニティFM「渋谷のラジオ」開局で話題! 風とロック 箭内 道彦さん

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フリーペーパーの発刊やテレビの司会、音楽活動、映画監督など垣根をつくらず、様々な挑戦をし続けている箭内道彦さん。今春、渋谷区内を主なカバーエリアとするコミュニティFM「渋谷のラジオ」を開局することで話題を集めている。なぜ今、コミュニティFMに挑戦するのか。その思いに迫る。

※本記事は2016年3月に発売したSynapseに掲載されたものです。

風とロック
箭内道彦

クリエイティブディレクター。博報堂を経て、2003年、「風とロック」を設立。2005年、フリーペーパー『月刊 風とロック』創刊。主な仕事に、タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE. キャンペーン」、リクルート「ゼクシィ」、福島復興のチャリティーソング「I love you& I need you ふくしま」など。著書に『871569(箭内語録)』など。

 


 

人と人をつなぐのはラジオが最も適したメディアだと分かった。

 

― いくつものラジオ番組を持たれていますが、箭内さんはもともとラジオ好きなんですか。

「TOKYO FMの『風とロック』は、もう10年になりますね。今はラジオ福島で『風とロックCARAVAN福島』という、59市町村を59カ月で回る2時間の公開生放送もやっています。また、ニッポン放送では『My Tokyo 東京に恋をして』という1時間番組をしていますし、2014年はJ︲WAVEで、震災の被害に遭った土地を訪ねる『HEART TOHEART』という番組を1年間担当しました。そもそも、ラジオって距離感がいいですよね。例えば、タクシーに乗って『テレビで見たことある人だね』と言われるのと、『ラジオ毎週聴いてるよ』と言われる感じは違っていて、ラジオの場合は友だちのような感覚で言ってきてくれる。自分にとってラジオは善のメディアで、話し手のいい部分が出やすい感じが好きなんです。といっても博報堂にいた時は、ラジオCMをつくるのがあまり得意じゃなかったです(笑)。地味だからこそアイディアが問われる場所で、やりがいあるんだけど、若い頃は難しいなと思っていました。そんな時、先輩に『ラジオってすごいんだぞ』と言われて。『映像で無限の宇宙をつくろうとしてスピルバーグに頼んだら何億円もかかるけど、ラジオだったら、あなたの目の前に無限の宇宙が広がっていますというナレーションをするだけで、聴いた人は宇宙の映像を頭の中につくることができるんだ』って。あの言葉で、ラジオの可能性を強烈に感じましたね」

 

― ラジオのつくり手で面白いと思う方は?

「TOKYO FMの『SCHOOL OF LOCK!』はすごい発明だと思うし、番組チームの方々を尊敬しています。彼らと話すとよく『ラジオが好きだけど、既存のラジオは好きじゃない』みたいな話になるんです。僕もそうですが、ラジオらしすぎるラジオというか、手癖でつくっているラジオはそんなに好きではない。今この時代にどんなラジオが必要なのかを探していきたい! という意志でつくってるところがすごく魅力的です」

 

― 箭内さんが考える「今この時代に必要なラジオ」って、どういったものですか。

「ラジオには台本のフォーマットがあって、『ここでフリートークを』とか『最後にお知らせを』などと書いてあるんです。それはそれで貴重な伝統芸なので否定するつもりはないのですが、『台本のないラジオ』が今すごく必要なんじゃないかと思っています。間もなく開局する『渋谷のラジオ』という20ワットの放送局は、当たり前ですが、TOKYO FMやJ︲WAVEのライバルになるつもりはさらさらありません。街づくりに最も適したツールがラジオなんじゃないかと感じていて、この取り組みは街づくりのツールなんです。今まで僕がやってきた番組もそうだけど、土地に根ざしていて、地元の人たちと話すなかで新しいことが見えてきたり、地元の人同士のつながりが生まれたりしてます。それを応用して、普段ラジオでしゃべらないような人たちが発信する機会を渋谷につくりたいんです。渋谷には商店会連合会というのがあって、5000店舗が加盟しています。渋谷駅周辺だけが渋谷なわけではなく、恵比寿もあれば初台も幡个谷もあるなかで、商店会の力が横につながったり、そこに暮らす人たちと面白い関係が生まれること自体に興味があるんです。さらに、東日本大震災が起こって、ラジオが支えてきたことに気付かされて、ラジオが人と人をつなぐのに最も適したメディアであることが分かったんです」

 

― 人と人がつながる楽しさは、『CARAVAN福島』での経験が大きいのでしょうか。

「福島県は日本で3番目に広いのですが、公開生放送で県内各地を旅するなかで、キャラバン隊みたいに一緒に回ってくれる人が、100人、200人と増えていくんです。そうすると参加者同士が顔見知りになって、彼らも初めて訪ねた土地で誰かとつながったりして、どんどん関係が広がっていくんですよね。地元に面白い人やリーダーが生まれて自発的に活動していくことが、真の復興にはとても大事だと僕は思っています。そういう人がお客さんのなかからだんだん出始めて、今彼らがさらに新しいことを始めようとしているんです」

 

― ラジオを媒介にして、地域の方々をエンパワメントしてるんですね。

「そうですね。地元の若い人だけじゃなく、じいちゃんばあちゃんや子どもも集まってきて、その人たちにもマイクを向けて、僕が無茶ぶりをしていくという構図です(笑)。同じことが渋谷という都会でも生まれるのではないかと思っているし、商店会のみなさんもそこに期待してくれています。気持ちとしては、5年くらいで全渋谷区民が出演した経験のあるラジオにしたいんです。開局当初は僕らのスタッフが進行役をやりますが、改編を重ねていくたびに地元の人がどんどんパーソナリティになって、一方で渋谷に縁や思いのある谷村新司さんや野宮真貴さんのような著名人にも並列で出演してもらい、横でつながっていけたらいい。それが例えば新宿でもいいし、山口県の宇部市でもいいし、ほかの地域の刺激になって競争が始まったら面白いだろうし、そのロールモデルになりたいという理想はあります」

 

渋谷のラジオを通して
地元の人たち同士がつながるような街づくりをしたい。

 

 

永世中立国のようにいろんなところと自由につながることのできる場所に。

 

― そもそも渋谷のラジオの構想は、いつ頃生まれたのでしょうか。

「『月刊 風とロック』というフリーペーパーをやってまして、2014年に100号記念展を開催したのですが、その時点で、次はラジオかなみたいな気持ちになりました。あの雑誌はノーカットノー編集で、しゃべったことをそのまま活字にしているのですが、そんなラジオがあったら面白いんじゃないかなと思ったんです。と同時に、渋谷FMというコミュニティFMが3年前になくなって、それを心配している商店会や区の人たちの思いがあって、互いに合流していった感じですね。それと、宮城県女川町の女川さいがいFMや福島県富岡町のおだがいさまFMの存在も大きいです。どちらも取材や出演をさせてもらい、コミュニティFMのなかでも災害FMの果たしている役割の大きさを感じて、背中を押されたというのはあります。あとは、資金的な部分をしっかりしないといけないなと思っています。放送1年で閉局なんてことにはしたくないですし(笑)」

 

― まさにそこを伺いたかったのですが、ビジネスモデルについてはどうお考えなのでしょう。

「ひとつは僕が関わらせてもらった『東北ライブハウス大作戦』というプロジェクトにヒントがありました。震災後の東北沿岸部にライブハウスを建設するプロジェクトなのですが、木札大作戦というのをやっていて、一口5000円で自分の名前を書いた木札がライブハウスの壁になるんです。この仕組みを市民ファウンダーというかたちで、渋谷のラジオにも生かしたいと思っています。それと年間サポーターになってくれる企業を募っています。渋谷はマーケティングや新しいチャレンジを最初に試すことのできる場所なので、そういう可能性に企業が魅力を感じてくださったら嬉しいですね。番組提供やスポットなども受けようと思うのですが、それもただの提供ではなく、一緒に番組をつくる仲間という意識でやれたらいいなと思っています」

 

― 他に費用面での工夫などはありますか?

「もちろん、つくる人たちに泣いてもらうことは絶対にしたくないので、そういう意味でもあまり難しいラジオにしないつもりです。基本は生放送にして、徹夜で編集するようなことは極力なくす。ボランティアの人たちに特派員になってもらい、できるだけ手間もお金もかからないようにして、そうすることによって、結果としてこれまでに聴いたことのないラジオになればいいなと考えています。ちゃんとしたラジオは、ちゃんとした局におまかせをして(笑)。僕のなかでは通常なら10分で終わる話を、1時間かけてしたいと思っているんです。それによって、いい無駄というか、いい呼吸や間合い、ヴァイブレーションが生まれる気がするので、その間延び感をクリエイティブとしてつくっていきたいと思います」

 

― 編成としては24時間になるのでしょうか。

「それが夢ですが、ひとまずはスタッフが電車で帰ることのできる編成にしようと思っています。そのあとは放送休止にするのではなく、渋谷の音を流す番組を翌朝までやろうと思っています。例えば、代々木公園で8時間録ってきた音がそのまま流れているような。それを渋谷のいろんな場所でできたらいいなと」

 

―それは面白いですね。

「Huluさんからコラボの話がきているのですが、今後、放送局や雑誌など既存のメディアともいろいろできればいいなと思います。永世中立国スイスじゃないですけど、どことも競合せず、いろんなところと自由につながることのできる場所にしたいんです」

 

― 2020年にはこうなっていたらいいなというイメージはありますか?

「渋谷はオリンピック・パラリンピックを迎え入れる“超地元”なので、迎える側のメンバー、要は全渋谷区民がいろんな情報を予習できていたらいいですよね。おもてなしっていうけど、迎える側がまず自分たちの土地の魅力を知らないと迎えられないですから。だから渋谷の人たちがもっと渋谷を好きになって、胸を張って2020年を迎えることができればいい。いずれにしてもこの放送局が必要だなと思った大きな理由のひとつに、2020年があることは間違いないですね」

 

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