「『戦略PR』時代と商品をつなぐ〝空気づくり〟。そのつくり方。」"世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人"に選出されたブルーカレント・ジャパン 本田哲也さん

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「『戦略PR』時代と商品をつなぐ〝空気づくり〟。そのつくり方。」

同じ商品カテゴリでも、なぜ「売れるもの」と「売れないもの」が生じるのか? その問いに明確な答えを提示した書籍『戦略PR』を発行し、広告業界にPRブームを巻き起こした本田哲也氏。新刊の発売を機に、最新の戦略PRについて聞いた。

ブルーカレント・ジャパン 代表取締役社長/CEO 戦略PRプランナー 本田哲也さん

PRWeek誌によって「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に選出された日本を代表するPR専門家。国内外での講演実績多数。2015年の『PR Week Awards』にて「PR Professional of the Year」を受賞。


日本のPRのつくり方。日本と欧米のPRにはどんな違いがあるのか? PRという手法が日本に持ち込まれた時期や、影響を受けた社会的な出来事を解説してもらった。

──〝戦略PR〟という言葉を耳にする機会が増えましたが、ただのPRとは何が違うのでしょうか。

「PRとはパブリックリレーションズの略で、組織と世の中との望ましい関係をつくり出すための考え方や行動のことです。つまり元々、PRとは戦略的なものだったのです。この言葉は20世紀初頭のアメリカで生まれ、発展しました。日本には第二次世界大戦後、1940年代後半にGHQが来た時に導入されました。

その後、日本は高度経済成長期に入り、大量消費社会になるわけですが、アメリカでPRが発展した時期の高度経済成長期には、メディアは新聞しかなかったのに対して、日本の高度成長期には、テレビ放送が始まっていました。そのためご存知の通り、そこには電波と広告代理店、ナショナルクライアントの三位一体の大構造が出来上がっていたんですね。

そして、大量消費社会→マスマーケティング→広告という図式ができ、PRは広告のおまけのような形で、新聞や雑誌に露出されるようになりました。そこから日本ではPRがパブリックリレーションズではなく、パブリシティの意味合いになってしまったんです。似ている言葉で紛らわしいですが(苦笑)。だからパブリシティの意味を含んでしまっているPRに対して、本来の意味であるパブリックリレーションズのPRを区別しようとして、戦略PRという言葉が生まれました」

──日本では「P」がパブリックから、パブリシティの意味に変化してしまったんですね。

「アメリカから日本に導入された時、PRは広報と訳されました。ただ、それが浸透したのは、大量消費社会の後の公害問題が発生した頃で、1960年から70年代です。その頃に大手企業の中に広報セクションができます。社会問題に対応するために生まれたという経緯もあるので、どちらかというと守りの体制で、積極的に自社や商品をPRしていくという考え方はあまりなかったのはやむを得ない面もあります」

──戦略PRが着目されるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

「2000年代後半に、ブログやSNSが普及していく過程で、人々が価値観や関心事などによってつながっていく時代になりつつありました。そこに08年のリーマンショックが起きて、企業は広告費を削減されつつも、従来並の売上が求められ、最終的に戦略PRに行き着くわけです。つまり、戦略PRが着目され始めたのは2000年代後半くらいだと思います」

──今はまた戦略PRがあらためて注目されて、新しい波が来ているように思います。

「先ほど申し上げた戦略PRが着目され、実際に試され始めていた時期に、11年の東日本大震災が起こり、自粛ムードでCMを流すこともできなくなって、必然的にマーケティングコミュニケーションのさらなる見直しが求められました。例えばメディアでも、リアルかデジタルか、紙かネットかなどの論争が始まりますが、それも15年あたりを境に、対抗図式でもないよねという認識に変化してきたと思います。この頃から戦略PR担当を自社内に置く企業が増えてきましたね」

〝空気づくり〟のつくり方。戦略PRにおいて重要なのが、商品の便益と世間の関心事、そして生活者の関心事とメリットを結び付けること。そのシナリオのつくり方とは?

──実際に戦略を企画する際に、どんな順番で物事を考えていくと良いのでしょうか?

「まずは消費者の声や生活者の声、世間の関心事をつかむことが大切です。そのための手法として一般的にクリッピングやモニタリングがありますが、自社の商品カテゴリの情報だけを見ていたのではダメです。自社のブランドがどう報道されているかをモニタリングすることは大切ではありますが、戦略PRを実践するには、一見関係ないジャンルやエリアも見ていくことが、世間の関心事をつかむことにつながります。

例えばおむつの新商品を売る際に、吸収力とフィット感が向上したという機能面だけを訴求したところで、メディアで取り上げてもらうのは難しいでしょう。そこで今の世間の関心事を調べて、おむつとつながるシナリオを検討するのです。例えば睡眠というジャンルにおいて、最近の子どもの睡眠のリズムが狂っているという関心事があったとします。

そういう、ある種の社会問題に着目して、我々のおむつであれば、快適な眠りを提供できて、その社会問題を解決できるおむつであるとPRすれば、メディアに取り上げてもらえる確率は格段に上がります」

──そういう世間の関心事と自社商品のベネフィットを結び付けることが、〝戦略PRの本質〟になるのでしょうか?

「その通りで、いかにしてメディアに自然な形で取り上げてもらうかが大事です。ただ、メディアに出たというだけでは、単なるパブリシティに過ぎません。どういう文脈で取り上げられたのか?が大事です。

インターネットの普及で企業が発信する情報よりも、報道情報やクチコミの影響力が増しています。そのことを効果的に使って、まず世間の関心事をつかみ、空気づくりをした上で、その関心事に結び付けられるベネフィットを訴求します。こうすることで自動的にメディアにも取り上げてもらえるというわけです」

──商品の発売前のシナリオづくりの段階で、勝敗が決まっているという感じですね。

「それが戦略PRです。先ほども申し上げました通り、日本ではPRがパブリシティと捉えられていたので、主に商品発売時〝から〟に力を入れていくことが多かったのですが、本来は商品を売り出す〝前〟から、空気づくりやシナリオ発想作りに関わるべきだと考えています」

──世間の関心事をつかむということはやさしいですが、幅広い情報収集力に加えて、洞察力が必要で、誰にでも出来ることとは言い切れない面もあるように感じます。

「確かに難しいですね。シナリオづくりのための兆候をつかむことはPR会社だからこそ出来るという側面もあります。といいますのは、PR会社は世間で最も早く未発表の情報が入ってくる存在なのです。

多くの企業と未発表情報についてのやりとりを毎日しており、一方でカリスマ編集長や番組の敏腕プロデューサー、カリスマブロガーなどと話をする機会もあって、最近はこの潮流が来ている、来年はこれが来るといったことが日々の活動で分かってしまうという面があるのです。そういう意味で、事業会社がPR会社と同じように兆候を予測するのは難しいことかもしれません」


発想力のつくり方。自社の商品をPRするためには、普段から世の中の関心事・兆候を感じ取るセンスが大切。どのような行動がセンスを生むのかについて聞いた。

──PR会社だからこそ出来るというお話でしたが、空気づくりのセンスを身に付ける方法論をお聞かせください。

「今は企業のPR担当への丸1日を費やしたワークショップが増えています。自社や自社ブランドのことは熟知していますが、他の業界のことはさほど詳しくありません。そういう人に対して、今の様々な業界の事例を見てもらい、その流行の本質について理解してもらいます。さらに、それらの流行と自社の製品をつなげる、頭のエクササイズを行います。こうしてアイデアを出し合うことで、世間の兆候を見る目が養われるのです」

──独力でセンスを磨く方法はないのでしょうか?

「たとえば自社の商品と関連する領域をなんとなく決めてしまって、そのジャンルを継続してリサーチするのは、地味な行動ではありますが効果的です。それにプラスして、リアルの書店は活用した方がいいですね。世の中の関心を1時間で捉えるのに、これほど適した場所はありません。

店頭の目立つ場所に置かれている物が今売れている物ですので、話題の本を見るだけでも、今の兆候を理解することができます。あくまで仮説ですが、たとえば健康領域ではふくらはぎを揉むとか、旅行領域なら城めぐりが流行りそうとか、そういった兆候です。しかも本の陳列はカテゴリごとになっているので、領域ごとのイチオシ、ニオシがすぐに分かります。中には領域横断のコーナーができて、注目度の高い新ジャンルができたことも分かるでしょう。

世の中の流れをざっくり知るには最適な場所です。インターネットは自分で検索するワードが決まったら有効なツールになりますが、世間の関心事・兆候をこれからつかもうという段階ではキーワードがまだ頭の中にない状態の話ですので、何を調べればいいか分からないはずです。そういう時に、大手書店を1時間うろつくという方法論は非常におすすめです」

──シナリオづくりをしていて、これはイケる! と本田さんが感じる基準はありますか?

「シナリオをある程度絞り込んだら、数名のメディアの人に、『仮にこういう内容だったら興味あります?』と実際に聞いてみることもありますね。その返事が『面白い。情報ができたらすぐに連絡ください』という内容なら、『イケる』と判断します。ですが『それは○○の理由で書けない』と言われたら、その時点で脈なしです。

いわゆる、PRコンセプトのテストマーケティングです。尋ねる相手がそのジャンルの有識者だと、今後、情報を取り上げてもらうことになるので、その人が嫌がったり、のれない情報で、クライアントと一緒に突っ走ったとしても、社会的には何も起きませんし、自分たちの評判も落としかねない。ただ、テストマーケティングで、イケると判断した後は、スピーディーに実行すべきです。

のろのろしていると、トランプ大統領当選のようなビッグニュースが出たりすると、世の中の空気ががらっと変わって、ストップせざるを得ない場合も出てきます。私もこれまで何度か、いいシナリオでもストップしてしまったものがあります。なので戦略PRの実行には、スピードも非常に重要なのです」

『戦略PR世の中を動かす新しい6つの法則』1600円(税抜)ディスカヴァー・トゥエンティワン
2009年に発売された『戦略PR』(アスキー新書)をベースにしつつ新たに書き下ろした新刊。
グローバルな潮流の中でのPRの役割と、最新のマーケティング事例を前提に解説した。

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