ライブエンタテインメント市場が前年割れした?「ぴあが1万人規模のアリーナ建設に踏み切った理由とは?」(後編) ぴあ総研 笹井裕子さん

  • 公開日:
広告・マーケティング
#マーケティング
ライブエンタテインメント市場が前年割れした?「ぴあが1万人規模のアリーナ建設に踏み切った理由とは?」(後編) ぴあ総研 笹井裕子さん

2000年からライブ・エンタテインメント市場の統計調査を行っているぴあ総研。同社の共創マーケティング室長・笹井裕子氏(※以下敬称略)によると、近年、同市場は活気を見せ伸び続けているというが、反面、ある問題も浮上しているという----。

前編の記事はこちらから

ぴあ 共創マーケティング室 室長 ぴあ総研 所長
笹井裕子(ささい・ゆうこ)

マーケティングリサーチ会社を経て、1999年ぴあ入社。経営企画関連部署を経験し、02年の設立と同時にぴあ総研に所属。チケット販売や顧客データを含む、市場のデータ管理、分析に一貫して携わる。


ライブ会場が不足する「2016年問題」で市場が前年割れ

─ライブ・エンタテインメント市場はロングレンジで見ると伸びているとのことですが、2016年については前年割れしたようですね。その理由についてお聞かせいただけますか。

笹井:ライブ・エンタメ業界で数年前から言われていた「2016年問題」が関わっています。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて競技使用施設の改修や建て替えが始まるなか、高度経済成長期に全国各地で多数建てられた施設の老朽化による大規模改修もあり、ライブ会場が不足するという問題です。

ライブ・エンタテインメント市場の推移【ぴあ総研調べ】

※青→ステージ オレンジ→音楽 ライブ・エンタテインメント市場=音楽・ステージの合計

特に16年は、横浜アリーナとさいたまスーパーアリーナという、収容人数1万人以上の大規模な2つの会場の改修時期が重なったことで、そのあおりを受けたと言えます。

これだけライブ・エンタメ市場が伸びているのなら、その供給の場である会場も増えておかしくないはずなのですが、逆に減少しているという矛盾が起こっています。実は、劇場・ホールビジネスというのは、施設単体の収支ベースで見ると、決して大幅な黒字になるものではないんです。開設・運用コストに比して収益性に乏しく、そもそも自立的運営が困難なのが実情です。

公立の場合は自治体から補助金等が支出されますが、民間の場合は、テナント収入や別事業での補填、企業の宣伝、ブランディング、CSR活動としての位置付けがなければなかなか事業として成立させるのが難しい。老朽化をきっかけに、事業継続を諦めざるを得ないケースも出てきているようです。

─そんな中でも、上手く運営している例はあるのでしょうか。

笹井:高度な舞台機構、照明、音響設備を備えた劇場やホールとなると、相当な開設・運用資金が必要となるので自立的運営はなかなか厳しいかもしれませんが、設置目的や方法によっては、大きく儲かるわけではないにしても様々なやりようがあります。例えば、ぴあもCSR活動の一環として参画している一般社団法人チームスマイルが開設した豊洲PITというホール会場があります。

あくまで、東北の震災復興のための社団法人の活動の一環であり、会場不足を予見しての設置ではありませんでしたが、結果としてはその需要が追い風となり、おかげさまで稼働率も良く、豊洲PITによって生み出された収益金は、東北三県のPITの開設・運営と、エンタテインメントを通じた復興支援活動のために活用されています。

世界に目を向ければ、ラスベガス、ブロードウェイ、マディソン・スクエア、ステイプルズ・センターなど、核となる施設がそのエリアの中心的な集客装置、いわばポンプとして機能することで、街づくりそのものを強力に後押ししている事例が数多く存在します。日本でもライブ会場の位置づけやビジネスモデルについて、再考すべき局面にきているのかもしれません。

─ライブの会場の不足に対して、御社も課題対策に動きだしたと聞きました。

笹井:はい。PITはCSR活動の一環として弊社が参画している一般社団法人チームスマイルが行っている復興支援活動ですが、今度は事業として、横浜・みなとみらい地区にコンサートアリーナを建設することになりました。

2020年春に開業予定で、12月に着工します。国内民間企業の単独主導による1万人規模のアリーナ建設・運営は国内では初めてのことなので試行錯誤しながらではありますが、民間ならではの視点から音楽業界のニーズをくみ取りながら、PITの運営で蓄積されたノウハウを活かして、鋭意取り組んでいる最中です。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に伴い、首都圏の主な大規模会場が競技会場としてだけでなくメディアセンターなどにも使用されるため、2019年頃からライブ利用できなくなります。その影響は、実は「2016年問題」どころではないとみています。

ライブ・エンタテインメント市場の成長に歯止めをかけないためには、この時期に受け皿を用意することがぜひとも必要であり、他力依存ではそう簡単に会場が新設されないのであれば、自分たちで何とかするしかないとライブビジネスの現場担当者が提案し、検討を重ねた結果、自社での新設に踏み切ったわけです。

─今後、会場不足による弊害もあわせ、ライブ・エンタメ市場はどうなっていくとお考えでしょうか?

笹井:オリンピック・パラリンピックの時期に、一時的に市場全体が下がるとみていますが、実は、オリンピック・パラリンピック後こそが正念場になります。オリンピック・パラリンピックに向けて新設される有明アリーナや改修されたスポーツ共用施設のライブ使用が可能になり、大規模会場の座席供給は現在を上回ります。

一方で、国立競技場ほどの大規模会場でコンサートができる国内外のアーティストは現時点ではある程度数が限られていますから、会場不足から一転、今度は大規模会場が供給過多になりかねません。それを打開するには、2020年後に向けたアーティストやスタッフ等の育成、ファンの育成、新たなイベントの創造等の綿密な準備が今から必要です。

ぴあ総研の推計では、世界の中で日本の音楽ライブ市場は、アメリカに次ぐ規模なのですが、良くも悪くも日本独自の商習慣が重視されるところがあって、海外では当たり前になっているAEG(アンシュッツ・エンターテイメント・グループ)やライブ・ネイションが行っているような、会場の運営からアーティストのマネジメントまで一気通貫で請け負うビジネスモデルが確立していません。

それから、演劇やミュージカルなどのステージ分野でも、劇団四季のように専用劇場でロングラン公演を続けるケースは稀でたとえ作品が当たったとしても、ブロードウェイやウェストエンドのようなロングラン公演による収益最大化ができないんです。

繰り返しになりますが、これからのライブ・エンタメ業界は、従来のビジネスの仕組や発想そのものを必要とあれば大胆に改革するくらいの気概で、新たなコンテンツやビジネスモデルの創出を今まで以上に真剣に考えなければいけない過渡期にきていると思います。

関連記事