Marketing Demo株式会社 代表取締役 石井賢介さん
「【1時間で分かる】P&G流マーケティングの教科書」と題したnoteが63万View、1万7千スキ(2021年3月時点)を獲得したMarketing Demo株式会社 石井賢介代表。前職のP&Gでの経験や自身の考えを体系化・理論化した内容は、マーケティングに関わる人なら必読の内容であり、SNSでの拡散も含めて大きな反響を呼んでいます。石井氏の考えるマーケティングとは?また、起業して挑む、さらなるマーケティングの高みとは?
話題のマーケターにビデオリサーチメンバーがお話を伺う当企画、第1回の石井氏には、ビデオリサーチ マーケティングソリューション部の吉田正寛がお話を伺いました。
<プロフィール>
石井賢介(Marketing Demo株式会社 代表取締役)
1990年、神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業後、住友商事に入社してアルミニウム地金のトレーディングに従事。
その後、P&Gジャパンに転職。マーケティング本部にて、ファブリーズ、ジョイといったホームケアのブランドマネジメントを担当。ファブリーズのブランドマネージャー時代には、ブランド始まってからのレコードとなる売り上げを達成する。2020年、独立してMarketing Demo株式会社を創業。
吉田正寛(ビデオリサーチ ソリューション室 マーケティングソリューション部 エキスパート)
主にメーカー等の広報・宣伝担当部署から、広告会社や媒体社営業担当部署をクライアントに、広告活動のプランニングや広告効果測定をコンサルティング、メディアの広告役割の観点から、次期広報・宣伝施策を第三者の立場でサポート。
商社のトレーダーからP&Gのマーケターへ
吉田 まずは石井さんのご経歴をお聞かせください。
石井 大学卒業後、総合商社の営業担当として、アルミニウム地金のトレーダーをしていました。大局観をつかむ、数字を把握する、顧客に提案するなど、割と自分の得意な仕事でもあったことも幸いし、かなり結果を出せていたのではないかと自負しています。
一方で、30歳までにゼネラルマネジメントを経験して、最終的には経営の道に入り、マーケティングに関わりたいと考えていたものの、どうやら当時の住友商事では30歳では社長はおろか、課長にもなれなさそうだと遅ればせながら気が付きました。
昇進のペースが早い会社に転職するか、ヘッドハントされるかしかないなと思って調べていると、主に外資系の経営コンサルティングファームや外資系の金融機関の会社が多く出てきたんです。ただ、僕の周りにはコンサルや金融で仕事をしている友人が多くいて、なんとなくの仕事は分かっていましたし、目立ちたがり屋の自分としては、もっとわかりやすく表舞台でビジネスにインパクトを与えるような仕事がしたいと思っていたので、偶然選択肢として挙がってきていたP&Gのマーケティングを選択しました。
吉田 商社とマーケティングでは畑が違うと思いますが、ギャップはありましたか。
石井 アルミニウム地金のようなコモディティのトレーディングって、価格以外に差別要素が全くないんです。アルミなら、99.7%がアルミニウムで0.2%が鉄、0.1%がシリコンであるものをアルミニウム地金と定義していて、産地がどこであろうがロンドン金属取引上に上場していて、全く同じ価格でやりとりされます。トヨタ株を日本で買ってもアメリカで買っても東証で取引されているものと同一の値段だというのと同じですね。
だから、P&Gで最初に新鮮に感じたことは、商品そのものに差があって、その商品の優位性や独自性をどういう言葉で語るかによって売上が変わるということです。最初は単純に「売れないなら値下げすればいいじゃん」と僕は思っていました。しかしそれは「マーケティングしても売れません」という意味と等しく、いわばマーケターが音を上げている状態。それではマーケターとして失格なんですよね。基本的には、安く調達する以外に競争優位を創り出せないトレーディングとの違いを痛感しました。
値段が高くても消費者が喜んで買うような付加価値を商品につけていくことや、その付加価値がわかりやすく伝わるようにするのがマーケティングの仕事。それを「値下げしました、買ってください」というのはマーケティングではないんです。そこに気づいてから、マーケティングと包括的なブランドマネジメントの重要性を意識するようになりました。
消費者の考えを、どう刺激を与えて変化させるか。それが広告の役割
吉田 広告のコミュニケーションはマーケティングの中で大きなものを占めていますが、石井さんの肌感としては物が売れることを100として、広告の部分はどれくらいのシェアを占めている感覚がありますか。
石井 うーん、5~10ぐらいですかね。P&Gにいた頃は広告の比率はもっと高いと思ってやっていたのですが、独立してより広いジャンルの企業と関わるようになった今では、より製品そのものや製品のコンセプトが非常に重要だと思っています。シンプルですが、「良いもの」はやはり売れやすいし、「悪いもの」は売りづらいと思っています。
一例ですが、今、Clubhouseが流行っていますよね。これは広告を打っているわけではないにも関わらず、勝手に広がっていった。なぜかというと「みんなで雑談しよう」というわかりやすいコンセプトが今の時代にフィットして、消費者の心を掴んだからではないかと思います。導入はそれで拡散して、結果的に“音質がよい”、“ラグが生じない”などのパフォーマンスが成立しているから流行っているのでは。
最初の勢いを押してあげるのはもちろん、成熟してきたあと、アーリーマジョリティからマジョリティへ移行するのに広告の力は必要かもしれないと考えています。ただ、ヒットを生み出すのに広告が必要かというと違うかなと。むしろ、「広告がないと回らないビジネスはどうなのか?」と思うようになっています。
吉田 なるほど、では石井さんが思う「広告の役割」とは?
石井 企業から見た時の広告の役割は主に2つあると思っていて、1つ目は言い方が悪いですが「ドーピング」です。商品はすぐに拡散されるわけではなく、マーケティング用語でいうキャズム、要は溝だとか壁を超えて普及していくわけです。
物理的にアーリーアダプターとマジョリティの間には関わりがないため、口コミや第三者レコメンデーションで勝手に拡散されづらい。そこに対してテレビCMを打つとか店頭山積みをする。そうやってリーチすることで、より広い顧客基盤に広がっていく。それが副次的にせよ「ドーピング」だということの意味です。
ライザップやスマートニュース、ハズキルーペなどはキャズムを超える時に広告を打ちまくっていましたよね。あれが良い例かと思います。
吉田 広告を出す側からすると、キャズムの壁を超えさせるためにはドーピングで商品の魅力なりを強引に認知させると。では広告の役割の2つ目は何でしょうか。
石井 2つ目は「延命」です。『ブランディング22の法則』を書いたアル・ライズという有名なマーケティングの大家が、「ヒットというのはパブリシティによって生じる」ということを言っているのですが、要するに愛されるブランドは広告ではなく第三者の口込みで広まっていくものだということです。では広告には意味はないのかというと、マジョリティにまで認知されたヒット商品が売れ続けるためには、広告を打ち続けなくてはいけないということを説いています。
一般的に7割の人はその商品を買い続けてくれますが、残りの3割は出たり入ったりしているため、そこはずっと広告で取り続けなくてはいけない。広告で取り続けられなくなった時はブランドが衰退していく時ですね。結局、どんなブランドも寿命があるので、そこをいかに延命させるかなんです。広告によって延命しなくてはいけないビジネスモデルになっていると、一顧客を獲得するための単価はどんどん高くなるし、さらに新しく難しいコミュニケーションに突入しなければいけないので、なるべく広告に頼らないで勝手にビジネスが回るようなビジネスモデルのほうが美しいかなと。
有名な話ですが、スターバックスは広告を打たない。店舗の存在だったり、街で飲んでいる人だったりが広告になっていますよね。
吉田 スターバックスの認知が圧倒的であることを示していますね。
石井 さきほどの話はブランド側の視点ですが、主語をユーザー側にすると、広告というのは「消費者が今持っている知覚・認識が、広告という刺激を通じて新しいものになる」というのが役割になります。パーセプションを変える、なんて言ったりします。
僕は「水なんて水道水でいいじゃん」と思っていましたが、いつからか「いや、天然水を飲んだほうがいいな」と思って買うようになりました。それは何かのきっかけがあったとか、広告の影響だというわけではないのですが、メーカーからするとこのパーセプションチェンジを起こすための刺激を広告というツールで与えているんですよね。
で、再びブランド側からの視点になりますが、パーセプションチェンジを起こすための刺激を加える時に、「水道水は塩素が入っているから体に悪い」という機能や成分をベースとした恐怖訴求を行うのか、もしくは「澄み切った一杯の天然水から始める朝は一日を良くしてくれる」みたいなエモーショナルな便益の方向性で行くのか、というのが先述したコンセプトの話です。コンセプトが優れているかどうかによって、大方の広告の出来が決まると思いますね。