200以上の国と地域で放送されるCNNは、老舗のニュース専門チャンネルであると同時に、デジタル分野へいち早く取り組んできたパイオニア的存在でもある。イギリスに駐在中のコンテンツセールス責任者に、プログラマティック広告への取り組みについて聞いた。
※本記事は2017年6月発売のSynapse vol.14「プログラマティックって、 なに?」に掲載されたものです
CNN International
グレゴリー・バイチマン
コンテンツセールス&パートナーシップ担当バイスプレジデント。メディア業界で20年以上のキャリアがあり、TBSのニューヨーク支局、ロイター通信の香港、東京、インド支局等を経て、CNNに参画。日本語が堪能で、ほかにフランス語やヒンディー語も話す。
デジタル媒体で収集した視聴者データを放送に掛け合わせて、
大きな価値を生み出す
──CNNでは、早くからプログラマティック広告に積極的に取り組まれているそうですが、いつ頃からそのような取り組みを開始されたのですか?
「当社は5年以上前から保有するデジタル媒体でのプログラマティック広告に取り組んでいます。ですので、プログラマティックという仕組み自体は、我々にとって決して新しいものではありません。といっても最初はDMP(※1)も使わずに、第三者にアウトソースしていただけで、あまり本腰を入れてやってはいませんでした。本格的にこの分野を強化し始めたのは、つい2年ほど前からです」
──具体的には、どのような強化をされたのですか?
「まずはターゲティングです。今までももちろん、広告をセグメントごとに分けて出すといったことはしていましたが、最近は多くのクライアントが、より効果的かつ効率的に、広告を出したいと考えるようになっています。そこで我々のサービスでも、もっと積極的に様々なオーディエンスのデータを取得して、それを活用することで、広告に対するROIを高めたいと考えるようになりました。
その背景には、FacebookやGoogleといったプラットフォームが、大きな力を持ってきたということもあります。彼らのビジネスを見ると、かなり細かなセグメントに対して広告を出すということをやっている。現在ダイナミックかつ変化が激しいデジタルマーケットにおいて、個々のオーディエンスに対して、もっときめ細やかにターゲティングができるようにしていくことが重要で、我々の強みを保つために必要なことだと考えています」
──放送においてもプログラマティック的な取り組みはなさっているのでしょうか?
「ご存じのように我々はグローバルで展開するニュース専門チャンネルです。世界規模で非常に多くの視聴者を抱えていますが、実は1つ1つの国単位では、時間帯ごとの視聴率の変化といった、細かなデータを持ってはいません。また、そうしたデータを積極的に収集する、といった活動もしてきませんでした。
一方、近年のデジタル広告の世界においては、データがものすごく重視されるようになっていますし、そのデータの種類も非常に豊富になってきました。そこでデジタル媒体で収集した視聴者データを放送にもっとうまく掛け合わせることで、さらに大きな価値を生み出せるのではないかと考えるようになりました」
──STB(セット・トップ・ボックス)を活用してオーディエンスのデータを取得する、といったことをされているのでしょうか?
「そこはまだこれからですね。STBを直接的に保有しているのはケーブルテレビ会社で、我々はあくまでもチャンネルディストリビューターなので、すべてのデータを提供してもらえるわけではないといった事情もあります。
でもたとえば、アメリカ国内で展開しているライブニュースストリーミングチャンネルの『CNNGo』などは、OTT(※2)のプラットフォームなので、データがすべて入ってくるようになっていますし、そのデータを使って、すでにDAI(※3)のようなこともやり始めています」
──リニア放送でも、DAIのような仕組みを導入していらっしゃるのでしょうか?
「我々の例ではありませんが、イギリスではSky UKが、STBを活用したDAIのプラットフォームをローンチしています。まだ個々のオーディエンスに対してターゲティングする、といったところまではできていないようですが、そこに暮らすオーディエンスの属性や傾向に合わせる、つまり地域ごとで効果的な広告を出すという試みは、すでに始まっています。
たとえばフットボールの試合中継で、ある地域ではビール、ある地域ではワインというように広告を分けるようなことですね。我々も放送への本格的なプログラマティックの導入はまだこれからですが、デジタルで得たデータ、たとえばどういうターゲットにどういうコンテンツがリーチしたのかといったデータは、すでに放送での広告に生かし始めています」
──プログラマティック広告は、今後放送の分野でも広がっていくのでしょうか?
「今デジタルの世界で行われているプログラマティックのフレームワークが、近い将来、放送の世界にも入ってくると考えています。今はまだ放送とデジタルの間にOTTがあり、OTTはデジタルのビジネスで放送とは無関係である、と考えられていますが、いずれはすべてが一緒になっていくはずです。これからの5年間はその転換期になると思われるので、実験的な取り組みにも積極的にチャレンジしています」
──具体的なチャレンジの例を教えてください。
「たとえば先ほどお話しした『CNNGo』はその1つです。2年前にスタートしたのですが、最近ようやくデータの活用レベルも、また売上という意味でも大きな価値を持つようになってきました。また同じく2年前から、『グレート・ビッグ・ストーリー(GBS)』というCNNとは別ブランドの、映画のように美しく心に響くストーリーテリングに専念している新たな動画メディアを展開しています。
CNNはニュースメディアとしてのブランド力がとても強く、幅広いオーディエンスに支持される一方で、残念ながらこれまで、若者層には十分にリーチできていませんでした。そこで若く、好奇心が強く、新しい情報に敏感なユーザーをターゲットにスタートしたのが、このGBSです。
その名の通り人間ドラマから冒険、環境や食、技術、アートまで、幅広いテーマの動画コンテンツを、自社サイトほか、SnapchatやFacebookといったソーシャルメディアを通じて配信しています。またGBSでは、広告に関して、スポンサーコンテンツの制作・配信にも注力していて、最近では全日空と組んで、日本の風景を紹介する動画シリーズを配信しました。おかげさまで、多くの若者に視聴されています」
社内のクリエイターチームでスポンサーコンテンツも制作
──近年、御社の広告収入の中で、プログラマティック広告が占める割合は、徐々に大きくなってきているのでしょうか?
「プログラマティック広告の売上は、デジタル広告全体における割合を徐々に増やしています。やはり、ダイレクトセールスの方が圧倒的に大きいです。
また、プログラマティックの上位にPMP(※4)もあるので、現状ではダイレクトで売れず、PMPでも売れなかったものを、プログラマティックで売るといった構造になっています。CNNは先ほどもお話ししたようにブランドが非常に強く、またCPMも高い。
さらに社内にはCNNクリエイトという広告制作チームもいて、ハイクオリティな広告を制作できる万全な体制が整っています。今我々の活動としては、制作したスポンサーコンテンツがどこで流れたのか、
どのくらいソーシャルメディアでシェアされたのかなど、その全部を数字も含めてまとめた上で、パッケージにして営業販売するといったこともしていて、そういう活動をしているという面でもダイレクトセールスのパワーが非常に強い。この構造自体は、おそらく今後も変わらないと思います」
──プログラマティック広告には、取引を自動化できる分、人的リソースを別の業務に振り分けるなど、効率化できるという側面もあるのではないかと思います。御社のケースではいかがですか?
「それは確かにあると思います。たとえばダイレクトセールスのチームは今、放送とデジタルのクロスプラットフォームをすべて担当していて、とても手が回らない。そこでプログラマティックの導入によって新たに確保できた人材を投入し、彼らをバックアップするデジタルチームを強化するといったことを、グローバルで進めようとしています。デジタルの波は日に日に大きくなっているため、今後益々、人的リソースを効率的に注いでいかなければなりません」
──先ほどCNNクリエイトの話が出たのでお伺いしたいのですが、広告をはじめとしたスポンサーコンテンツを御社の社内で制作する狙いは何でしょうか?
「1つには、放送においてもデジタルにおいても、どこのプラットフォームにおいても、番組コンテンツだけでなく、スポンサーコンテンツもひと目でCNNのコンテンツだと分かるものを作りたいということがあります。我々はグローバルにビジネスを展開しているので、その意味でもブランドのスタンダードを守ることがとても重要なのです。
もう1つは、強みを生かせることです。我々のメインのコンテンツは映像で、それはデジタルでも変わりません。ただし、デジタルにはデジタルでの適切な見せ方があります。社内で制作することでこうした知見や技術を加味でき、よりクライアントに満足してもらえるコンテンツが作れると考えています」
──日本では、番組制作と広告制作は完全に切り分けられています。グローバルでは、御社に社内で広告制作まで行うところが増えているのでしょうか?
「まだ少ないと思います。ただ、CNNインターナショナルではもう10年以上前から、スポンサーコンテンツの制作を、CNNクリエイトに全面的に任せているのと同時に重要なビジネスの1つとして手がけてきました。それが今デジタルの時代になって、よりニーズが高まってきているとはいえると思います。
とはいえ、もちろん番組制作と広告制作の間には壁があります。ニュース番組を手がけているジャーナリストたちが、スポンサーコンテンツに携わることはありませんから、専門のCNNクリエイトがあるのです」
我々からユーザーのいるところへ出向く。待っていてはだめ。
ユーザーのいるSNSへ積極的にリーチしていく姿勢が大切
──バイチマンさんは日本の放送局に勤めた経験もあるということで、ぜひ伺いたいのですが、日本の放送業界をどのように見ていらっしゃいますか?
「あくまで個人の意見ですが、日本ではまだ放送局が力を持っていると思います。決まった時間に決まった番組を見てくれる視聴者がまだ一定の割合でいる。一方で我々のようなニュース専門チャンネルでは、ユーザーが毎日決まった時間にニュースを見るといったことが、もう期待できなくなっています。
何故なら、ユーザーが最初にニュースを目にするのはスマートフォンなのです。あくまでもモバイルファーストで、彼らがスマートフォンで見たニュースに対して、放送やデジタルを駆使してどういった情報をプラスできるか、といったことを考えています。オーディエンスがCNNに求めるものが変わってきているのです。同じことがいずれ日本の放送局でも起こるのでないかと思うのですが、逆にどう思われますか?」
──確かに日本でもその傾向は出つつあると思います。
「視聴者のニーズと放送局の間にミスマッチが起こっているのだとしたら、言うまでもありませんが、視聴者の方に放送局が合わせなければなりません。僕は、これからはスマートフォンと放送で競い合うのではなく、互いに補完していくことが大切なのだと思っています。ユーザーがスマートフォンでニュースを知って、画面をつけたとき、放送では別の情報、別の経験、別の気持ちを伝える。ニュースも放送もデジタルも、これらがすべて合わさって、CNNなのです」
──今日のプログラマティック広告のお話に限らず、御社が今後注力していきたいと考えている分野があれば教えてください。
「1つ言えるのは、我々はユーザーがいるところに出向いて行かなければならないということです。ユーザーから、CNNに来てくれるのを待っていてはだめです。ユーザーのいるところに行って、こちらに引っ張ってくるのです。今SnapChatにユーザーがいるなら、そこにコンテンツを配信しなければならないのです」
──デジタルでは、やはりSnapChatのようなソーシャルとの連携に注力されているのですか?
「様々なソーシャルのプラットフォームにトライしてみなければならないと考えています。いかにそれをビジネスにしていくかということが、今抱えている大きな課題の1つですね。
実は今、新しいプラットフォームを作っていて、これを使うとLINE、Twitter、Facebookなど、各ソーシャルメディアにコンテンツを一気に送れるようになります。ソーシャルにいるユーザーにどうリーチするかという課題を、技術的に解決しようという試みですが、それくらいソーシャルが重要なものになっているのは、間違いありません」
──ソーシャル以外にも注目されている分野はありますか?
「VRはホットなテーマです。我々もこのプラットフォームに投資しており、没入型のジャーナリズムを試みています。コンテンツとしてはすでに様々なトライをしていますが、スポンサーコンテンツでも、CNNクリエイトの中にVRコンテンツを制作できる体制を整えて、これから販売していこうと、まさに準備をしているところです。
CNNはとても貪欲で、これまでも新しいことにどんどん挑戦してきましたし、だからこそデジタルでも今のポジションを築くことができた。これからもその姿勢が変わることはありません」
※1.DMP:DATA MANAGEMENT PLATFORM の略。自社や外部などの様々なデータ(たとえばサイト閲覧履歴や属性情報、購買履歴など)を統合し一元管理・分析する基盤のこと。
※2.OTT:OVER THETOPの略。インターネットで動画、音声等のコンテンツを提供するサービス。例)NetflixやHuluなど。
※3.DA:I DYNAMIC AD INSERTIONの略。ダイナミック広告挿入。ビデオオンデマンドのコンテンツ上でターゲットにあわせて動画広告を配信できる技術。
※4.PMP:Private Market Place の略。入札に参加できる媒体社と広告主を限定した広告配信の仕組み。広告を掲載するメディアが分かり、かつ、在庫予約ができたり、固定単価での購入ができる。